3月12日 江戸川乱歩の白昼夢が好きな話

私はあまり読書をしないが、昔から江戸川乱歩が好きだ。一般的に知られる探偵ものではなく、怪奇小説。
中でも『白昼夢』という作品が、クトゥルフ神話TRPGのシナリオを作る中でも、かなり大事にしている雰囲気だ。
ここからは『白昼夢』のネタバレをがっつりするが、青空文庫にもある作品なので、原文はそちらを見て欲しい。ネタバレを見たくない人はここでストップをお願いする。

「あれは、白昼の悪夢であったか、それとも現実の出来事であったか。」
という書き出しの短編小説。
あらすじを説明すると、晩春の蒸し暑い日、主人公が大通りを歩いていると人だかりを見つける。興味本位で近づくと、1人の男が自分を囲む大多数に対して何かを熱弁しているようだ。観客たちは、演芸を楽しむように、男が言葉を発するたびに大笑いをする。
男の話す内容はこうだ、「おれは、女房を愛していた。殺すほど愛していた。あの女は浮気者だった。だから永遠に自分のものにしたくなった。綺麗に化粧をした彼女を永久におれのものにするため、今だと思い千枚通しを襟足へ叩き込み、彼女は死んでしまった。」
※千枚通しとは小孔をあけるための先端の尖った文房具。
自分の殺人を周囲に向けて熱弁する男だが、周囲はこれでもかと男の一言一言に笑う。
男は続ける、「おれは女房の死骸を5つに切り離し、水道水で冷やし続けた。死体を腐らせないで、屍蝋にするための。死体はちゃんと隠してある。おれの店先に飾っている。」と。
主人公がその方向にある、ガラス箱を見ると、一面に毛が生えて皮膚が黒ずんでいるような蝋細工がある。
主人公は倒れそうになりながら、後ずさると、近くにはその様子をニコニコしながら聞いている警察官もいた。
この事象を他人に指摘する気力もない主人公は、そのまま大通りを後にする。
江戸川乱歩『白昼夢』

短編にも関わらず、人間の狂気と、薄気味悪さが濃縮された素晴らしい小説だと思う。主人公だけが正気で、世界が狂っているという作品だ。浮気症の美しい女房を殺し、蝋人形にして飾る店主が自らの罪を告白し、周囲はその様子をただただ笑い続ける。
晩春の生ぬるい空気感のなか、その不快感を助長させるべったりとした歪んだ愛情の吐露と、それを面白がる周囲という耐え難い現実に、主人公が翻弄されるだけの話だ。終始、現実と非現実の境がない、幻想怪奇小説だと感じる。主人公は一連の流れを実際体験し、蝋人形になった彼女を確かに見ている。まさに冒頭の1文が感想に尽きる。

ちなみにこの蝋人形の描写も最高に気持ち悪い。原文を引用する。『孤島の鬼』や『芋虫』でも同じだが、人間の肌感描写が本当に生生しい。

彼女は糸切歯をむき出してニッコリ笑っていた。いまわしいう蝋細工の腫物の奥に、真実の人間の皮膚が黒ずんで見えた。作り物ではない証拠には、一面うぶ毛がはえていた。
江戸川乱歩『白昼夢』

こちらは講談社の『江戸川乱歩推理文庫②』に収録されている。


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