【SF短編】7色の星
宇宙は探検するほど発見がある。自分たちの常識がいとも簡単に覆されるのは、多少ショッキングではあるが、驚きと喜びがはるかに優る。
知れば知るほど、己の視野の狭さに思い至り、頭が垂れる。
ともあれ、こちらの星もまた我々地球人にとっては奇想天外な世界だといえる。
一言では表現しづらいが、あえていうなら性別が七つあるのだ。
我々の世界のように、男性女性という見た目にも分かりやすい区別はない。
いわゆる生殖器に相当する突起物や窪みのようなものがない。ただ、それ以外の点では人間とそれほど変わらない。
子孫、という表現が適当かどうかは分からないが、彼らも種の存続を図る。その経緯は、我々からみると独特である。
気の合う相手の手を握る。そのまま心ゆくまで穏やかなときを過ごす。すると、双方の体内で特殊な分泌物があふれだし、それぞれ1体の赤子を宿す。
私は冒頭で「7色」といったが、それは彼らの瞳の色に由来している。瞳の色は、各人の個性を直接的に現している。我々人類にとってもこの点はイメージしやすいのではないかと思うが、例えば赤色を帯びている個人は、感性が豊かで行動的だ。青色の個人は、満月に照らされた海原のように悠然として落ち着いている。
自分の内面と、身体的な特徴が一致している。人類にとっては何ともうらやましい特徴といえるかもしれない。
瞳の色が混ざるということは、個性も混ざるということである。そこで新たな色合いの瞳が生まれる。その瞳も、成長とともに個性が花開いていくにつれ、色合いを自在に変えていく。
ここまで書いて勘のいい御仁は気付くだろうが、実は「7色」などという区別すら、実際には存在しない。夕立の後に現れる虹のように、それぞれの色合いにはっきりした境目があるわけではない。どこまでも自然であり、融通無碍だ。
その星の住人に、私は人類の抱える課題を明かしてみた。「内面と身体が一致しないケースがあるんです」
一致しないことが個人に苦しみをもたらす。一部の人間からは心ない言葉を浴びせられる。個人に罪はないだけに、本人も周囲もやるせない。
星の住人はふうむと腕組みをしたまま宙をにらみ、やがて口を開いた。
「我々の立場から言わせていただきますと、答えは単純ですよ」
この世に性別が2種類しかない、というのは地球人の話にすぎません。現に我々の星ではあなたがたの考える生命の枠組みから外れています。いずれまた、私どもとも異なる生命の仕組みを宿す異星人と遭遇することになるかもしれません。
『男性』ですか、『女性』ですか、大いに結構。その枠組みにはまらないと感じる人がいらっしゃって、なおさら結構なことではないですか。
「なぜ」と私は尋ねた。
私の星の話に戻りますけれどね、私たちには「性」という言葉はありません。瞳の色に、境目はありません。区別しようとすること自体が無理なんです。
納得がいかない私は、無言でさらなる言葉を待った。
あなたがたのいう「性」というものを生命の個性と言い換えてみましょうか。それは本来、一人一人によって違うんじゃないでしょうかね。
男性の中にも雄々しい者もいれば、草食系もいる。女性だって「可愛らしい」が似合う人もいれば、「男勝り」で周囲に頼られる人もいる。
男性の中にも女性的な魅力が備わっている。それは成長の過程や社会環境の中で自在に姿を変えていく。
性というものを型枠の中に押し込めてしまおうとすること自体に無理がある。
「おっしゃることは分かりました。考え方はそうであるべきなのかもしれません。ですがね、私たち人類には、持って生まれた身体上の違いがあるんです」
私の質問に、星の住民はしばらく言葉に詰まった。
「その点は、我々にも想像が及ばない。内面と外面が一致しないのは苦しみだと察します。少なくとも、あなたがたは我々よりも生きることが難しいといえるかもしれない」
もやもやした疑問を氷解させてくれるような言葉は、遂に出てこなかった。ただ、私は件の星人とのやりとりを通じ、一つ手がかりを得たように感じた。
外面については、本人の望むと望まざるとに関わらず、生まれながらに一つの個性を与えられてしまうのが地球人の宿命だ。これは逃れることができない。一方で、内面の個性については、この星の住人のように、実に多様な世界が広がっているのかもしれない。身体という覆いの奥に広がる個性的な空間に思いをはせ、誰彼にも温かく接していきたいものだ。
地球の常識、宇宙の非常識。
これぐらいの慎ましい気持ちでもって世の中を見渡していけば、例え新たな星人との出会いに恵まれなくても、大切な気づきを得ることができるかもしれない。
件の星人とは、その後もちょくちょく交流を重ねている。お互いに発見がある。羨望の念を抱くこともあれば、「それはまた大変ですねえ」と慰めたりすることもある。どの星にも恵みがあり、悩みがあるものだ。
7色の星がたたずむ夜空の一角を見上げるたびに、私はコチコチに固まった頭が気持ちよくほぐされていくのを感じ、思わず笑みが漏れる。
完
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