見出し画像

手にしゃべらすなかれ

『売ります。赤ん坊の靴。未使用。』
ヘミングウエイの短編小説全文。日本には和歌や俳句、川柳の文化がある。短い言葉で言いたいことを伝えたいのは今も昔も万国共通だ。今や、ツイッターやラインなどの短文コミュニケーションツールを使えば瞬く間にグローバルに意見交換できる。でも、「いいね」などの「手でしゃべる」ことには、どうもなじめない。

「手でしゃべる」、文字を書かずに手でボタンを押して言葉や意見を発信することをこう言おう。ポケベルが最初だったかもしれない。「084」は「おはよう」、「4649」は「よろしく」、「999」はサンキューだ。数字2桁を五十音やアルファベットに変換する表もあった。たとえば「11」は「あ」、「21」は「か」、「22」は「き」のように。これはガラケーに引き継がれた。今や、デジタル技術が進化して、文字を直接入力しなくても「いいね」や「リツィート」ボタンを手指で押せば瞬時にコミュニケーションできる道具もそろった。

▼絵文字やスタンプを使って意思表示ができる。「早めに帰るから」とラインすれば、家人からの返事は、👍 💛 ❔ ときには犬までが手を振っている。「遅くなるから」「ありがとう」というラインは、スマホに向かってしゃべるだけ。AIが文字起こしをしてくれる。手に代わって口が書いてくれるようになった。技術の進歩は速さはもたらす。

▼トランプ前米大統領のツイッター戦略は有名だ。読売新聞が2017年1月から2020年9月まで、彼の2万3110回のツイートを分析した。2回目の大統領選挙直前の2020年9月にはリツィートを含めると1352回、一日当たり45回も発信していた。起きている間はずっとつぶやいていたようだ。内訳は、ツィートが722回、リツィート630回だった。いくら短い「つぶやき」でも、情報を仕入れ、考え、書くには時間がかかる。その点、リツィートは簡単だ。「いいね」も同じ、書く必要がない、ボタンを押せば彼の意見になる。大統領選敗北を認めず、トランプ支持者の連邦議会襲撃を煽ったといわれている。

▼「リツィート」「いいね」は二択と同じだ。押せばYes、ほうっておけばNo、もしくは、わからない。拡散するのはYesだけだから、二項対立している問題のアピールや意見集約にはもってこいだ。「手でしゃべる」ことは簡単だし、速い。何の気なしにボタンを押してしまえば、自分の意見と多少違っていても、どちらかに合わせてしまうことになる。二択はやめて、きちんと意思表示するために、「手」にはしゃべらさずに、「手で書く」ことに戻すべきだ。