野口英世の哀しみ
2024年7月、野口英世から北里柴三郎にバトンタッチが予定されている。そう、日本銀行券の千円札だ。野口さんもあと残すところ1年になった。
キャッシュレスがすすんで、現金で支払うことが少なくなった。ほとんどの買い物はクレジットカードで済むし、新聞や飲み物をコンビニで買うときはPay Pay、電車やバスはSuica。銀行から現金を下ろすときは1万円単位だし、チャージもそれを横流しするだけ。野口さんの顔は、飲み代の割り勘支払いのときくらい、ごくたまにしかお目にかからない。
数日前、朝の散歩でいつもの場所に行った。郊外型ブックセンターの近くに遊水池があり、周囲が散歩コースになっている。テラスが道から池にせり出している場所があり、そこが、いつもの場所になっている。
池との間の柵に沿って作りつけのテーブルと椅子があり、3つほどガーデンパラソルがある。その合間のスペースで、スクワットと軽い体操をするのが日課だ。
薄い黄茶色をした小片の紙がテーブルの脇に落ちていた。野口英世さんだった。一人だけ、仲間はいない。少し離れて、駄菓子の空き袋とチューハイの空き缶が転がっていた。
拾い上げるか、どうするか。
交番に届けても、落とし主は出てこないだろうしなあ。
面倒だなあ。
かといって、ポッケに入れるものなんだし。
少し離れたブックセンターの前のテラスには、トシヨリふたりがいつものように放談をしているようだ。
見てないだろうけど、見られてたら嫌だし。野口さんには申し訳ないけれど、そのままにしておいた。
スクワットの「お努め」が終わって、次のプログラムの池の周回散歩に入った。ふだんは1回だけれど、今朝は2回周った。あの千円札の行く末を見たかったから。
まだ6時前の早い時間、それでも7、8人にすれ違ったろうか。3回目はあきらめて帰途についた。
野口英世さんは、そのまま、ひとりぼっちだった。