#200『日本人の暮らしのかたち』森本哲郎

 森本哲郎さんの本でもこの本は第一か第二の出来だと思う。読んでいて、日本人に生まれて良かった、と心の奥深くからしみじみと思うのである。しかしここに書かれている日本の古き良き習慣(障子、提灯、火鉢、簾、蚊帳…)は今やもう昔日のものになっている。私たちの世代は良い。まだ「ああ、子供の頃、あったなあ」と思い出せる。しかし若い世代は無理だろう。見たことがないものばかりになってしまったのだから。そう思うと、悲しい、寂しいものがある。
 1920年代に生まれた方々は本当に知性と感性に秀でていた、とよく思う。戦後生まれは駄目である。考えていることが四角い。そして浅い。この比較によって戦前は良い教育をしていたのだということが分かるのだ。何より教養の幅が広く、厚みがある。今どきのただの物知りと違って、品格がそれを裏打ちしている。今どきの物知りには、とにかく品格がない。だから彼らは知識や情報を武器のように使う。
 私たちの世界は実に多くのものを失った。これまでの歴史を振り返っても、「いつも年寄りは「昔は良かった」と言い、新しい時代を否定するものだ。だから世代間ギャップなんてそんなものなんだ」と言われるけれど(古代ギリシャの時点でそうである)、そうではないと思う。現代に起きていることはそういう繰り返されるぼやきではなく、永遠に失われて二度と復活しない文化や言葉への悼みなのである。今よりも時間が遅く、不便があり、自由が利かなかった時代、私たちのたった二代前の人々はなんと深く静けさと豊かさを享受していたことだろうと思う。今の時代は…もう駄目である。あまり悲観したくはない。しかし私たちは私たちの精神を支えるよすがとなるものをほとんどすべて失ってしまった。
 でも私たちの世代はまだ幸せである。本物の知性と情緒を備えていた先人と、まだ微妙に重なる子供時代を記憶に留めているのだから。今の時代に体半分は流され、しかし残りの半分は過去から受け継いだものを忘れることなく、この騒がしい世にささやかにでも静けさを灯したいものである。
 過去を偲ぶ心のある日本人には是非読んでほしい名著である。

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