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水深800メートルのシューベルト|第42話

しかし、次にやって来たのは痛みではなく、僕の濡れた指先を包む柔らかな指だった。
「何痛そうな顔してんのよ。痛いのはこっちなんだからね。しかも、そんな黒ずんだスポンジ持ってきて……、役立たず」
 僕を見下すような口調だったが、途中で笑いを堪えきれなくなったのか、鼻をフンと鳴らして両眼を細めた。左右の眼の大きさが変わらなくなり、可愛らしい顔だと気づいた。その分、残っている紫色の跡が痛々しかった。
「パパじゃないんだ。じゃあ、どうして怪我をしたの? 転んじゃったの?」
「あんた、名前は?」
 手を離し、ぷいと拗ねたように顔を横に向けた彼女に、僕はアシェルと小さな声で自己紹介。
「アシェル、あんた人を怒らせる才能あるね」
 大きなため息を一つ吐くと、立ち上がった。

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