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月イチ純文学風掌編小説 第四回「スナック韓国」

はじめに

こんにちは。吉村うにうにです。普段はエンタメ系の小説を書いております。たまには純文学っぽいものを書くかと、こちらの企画を始めました。もう四回目となりました。きっかけはこちら

純文学って? よくわかっておりませんが、とりあえずマイルールを作って縛りました。

①文章の美しさを意識する(少しでも。これはエンタメ小説にも生きるはず)。文章が美しくなるなら、主語を省略して、誰の台詞かという分かりやすささえ犠牲にする。
②オチ、ストーリー展開を気にしない(してもいい)。意味分からないことも多いでしょうがゴメンナサイ、解説何処かで入れるかもです。入れたら無粋かな?
③心理描写を(できるだけ)書かずに、風景や行動で伝えようとする(これは作家さんによります。太宰治さんなんかは心理描写しっかり書いているようですが、川端康成さんはあまり書かないように見えます。)
④会話文の終わりに〇をつける。

今月の作品は「スナック韓国」です。本当は、7月に提出する筈でしたが、先月は急遽「類型」に差し替えました。

と、いうわけで、今回の作品は、先月「類型」のように連用中止法を減らす試みは、行っておりません。また、先月の「類型」のような深い心理の積み重ねによる事件発生というストーリーではありません。
ただ、幻想的な描写を楽しんで頂ければと思います。

それでは、純文風に書いた作品です。暖かい目で見て頂ければと思います。

    スナック韓国
 
                吉村うにうに

 

 水蒸気と熱気が混じり合い、篠突く雨を降らす。それは長く続かず、つぎはぎだらけのアスファルトに小さな水溜まりを残し、麻袋のようにチクチク刺すような街灯を、絹のような柔らかいそれに変えて路面を照らす。

 宇似聡うにさとしは、まとわりつく汗と湿気が皮膚を重くしていることに不快感をおぼえながら、空腹を抱えて、さびれた路地裏を、水溜まりを避けながらさまよう。自宅までの帰路を思い返しても、コンビニやレストランは望めなかった。

 長引いた業務で、通りにある馴染みの小料理屋や定食屋は全て閉まっていた。彼は、空になった家の冷蔵庫を思い浮かべてため息をつく。その時、迂闊にも水溜まりを踏んで、靴の裏から生温かい水が染みこんできた。その感触を、夕食を諦めろという啓示だと受け取った宇似は、その指示に流されかける。

 彼の目に、路地を照らすピンクの光が目に入った。路地から左に続く、さらに細い路があり、そこから漏れているようだった。彼は、疲れた体に鞭を打ち、誘蛾灯に誘われるように、細い路の傍まで早足で近づいた。

 そっと首を伸ばして、丁字路を覗きこむと先には、『スナック韓国』という、店の敷地から路にはみ出るようにして置かれた電飾スタンド看板があった。それがピンクの光の正体だった。宇似は頬を緩ませ、財布の中身をそっと確認してから、看板の左手にある真っ赤に塗られた木の扉をぐいと引っ張ってみた。

「アニョハセヨ。こんばんは。」

 カウンターからママとおぼしき、瓜実顔の美女がやって来て、手を握ってきた。

「ずっと待ってたよ。雨でお客さん来なくて寂しかったよ。」

 彼女は、少しアクセントに癖があるが、自然な言い回しで、うるんだ目を宇似に向けた。

 彼が、その手を引っ込めて値踏みするように店内を見回すと、心を透視したかのように彼女はシステムの説明を始めた。

「チャミスル(韓国焼酎)飲み放題でおつまみつくね。カラオケは一曲百円ね。」

 宇似は足を店内に踏み入れ、大学の講義室のように長いテーブルが何列も並んでいる店の一番前の席へと誘導された。テーブルは全て弓の形のようにカーブしていて、後ろのテーブルは、一段高く据えられていて、そのまた後ろのテーブルはさらに一段高くなっていた。

 彼は席につき、入り口付近のアレカヤシの櫛状のみずみずしい葉を眺めていると、ユナがお盆を持って戻って来た。韓国焼酎の緑色のボトルと氷、グラス、キムチの入った皿を手際よく並べ始める彼女の細い手に視線を移し、氷がカラカラとグラスとハーモニーを奏でる音に耳を傾けると、彼の乾いた喉はごくりと飲料を求めて鳴る。

「では、乾杯しましょう。コンペ。」

 宇似の勧めでグラスを持っていた彼女は、チャミスルのグラスをキスのように合わせてきた。

「お兄さん、食べて食べて。」

 チャミスルの喉ごしを味わいながらユナの透き通るような衣裳にちらと目をやる。ピンクの胸元と繋がった淡い水色のスカートに相当するチマチョゴリ。衣装は若い雰囲気を醸し出しているが、目元の落ち着いた感じはきっと年長だろう。

「これもサービス。」

 彼女は白い腕で次々と乾き物を提供し、さりげなくマイクを差し出してきて辞退されると、自身がマイクを握って韓流ドラマのムービーを背景に歌を披露し、間奏中にはウインクを送る。如才ない手際の良さに、宇似の酒は進み、グラスはすぐに丸い氷だけになり、顔が赤くなるのに比例して、意識は幸福感で徐々に焦点が合わなくなっていた。

「お兄さん。お酒強いね。もっと飲むといいよ。」

 ユナは嬉しくてたまらないといった笑みを浮かべ、寂しがっている氷にチャミスルの緑のボトルから幸福と満足をもたらす液体を降り注いでいる。

「いや、ママさん。僕はお酒そんなに強くないので。」

 赤くなった手でコップに蓋をする仕草をしながら、液体を飲み干す義務から逃れようとする。ぼんやりとした宇似の視野の外縁に、巨漢の姿が見えて、彼は動悸をおぼえた。

「彼ね、用心棒じゃないよ。ドユンよ、ドユン。お兄さんが来るのを待ってたの。」

 酔いが覚め、立ち上がって金魚のように口をパクパクと動かす彼に、ママは笑顔を見せた。

「怖く見えるけど、ドユン、本当は優しい。今日は、もう一人、ウヌも来るね。二人勝負するから、お兄さん、どちらかに賭けるといいね。」

 宇似は立ち上がったまま、ドユンと紹介された男をまじまじと見つめる。上半身裸で二の腕の筋肉は彼の太股よりも太そうだった。頭はスキンヘッドでこめかみのところから太い血管が脈打つように張り出していた。

「ウヌ、今来たよ。」

 ママは、赤い扉を開けて駆けつけた男に、韓国語で何か不平のようなものを言っていた。宇似は遅れてきた男をも、まじまじと見つめた。体格はドユンと同じくらいあり、こちらはタンクトップを着ていて、自慢げにタンクトップからのぞかせた胸筋をピクピクと動かしていた。短く刈り込んだ髪は、天に向けて逆立っており、それは太くて顔の中央に寄った眉と相成って、怒りの表情を表現しているように見えた。

 ドユンは、こめかみの血管をさらに浮き上がらせて、何かをウヌに向かってまくし立て、自分の右腕を震わせながら降り曲げて、力こぶを作ってみせた。太い眉の男は、その挑発に乗るようにして、顎を突き出し、両腕を曲げながら両手を体の前で組んで、ボディビルダーが胸筋を強調する時のようなポーズを作ってみせた。

 ユナは眉をハの字に作って愁いを帯びたような雰囲気で微笑した。

「さあ、お兄さん。一口千円よ。二人が腕相撲で勝負するよ。どっちに賭けるね?」

 宇似は巨漢二人の顔を見比べていたが、しばらく考えた後、財布から取り出した千円札を白く細い手に渡した。

「ママさんを信じるよ。勝つと思っている方にお願い。」

 彼女は、男二人に見られないように、ペンで札に小さく走り書きをして、小さく折り畳んだ。

 ドン、ドンドン。スピーカーから鳴る太鼓の音に調子を取りながら、何人かの男女が宇似の背後を取るような形で列を成し、一番後ろの弓型のテーブルに沿ってやって来た。彼らは、太鼓の音に合わせて、足を踏み替え、手拍子を鳴らして踊りながら、後方テーブルに扇形に整列して隊列を整えた。並び終えても、手拍子を打ち、ステップをその場で踏み続けていた。

 ドユンは、腕相撲がこの踊り子の前で行われることに気を良くして、舞い上がった様子を見せ、宇似のテーブルに置かれたチャミスルの瓶を取り上げると、一気に飲み干して、最後の一口を上空に向けて思いきり吐き出した。チャミスルのマスカットとアルコールの混ざった香りが、宇似の頭やウヌの胸、ママの衣装を覆い、三人は一様に目をつむった。

 酒のしぶきを被って髪からチャミスルの雫をしたたらせているウヌは、不気味な笑いを浮かべていた。顎を突き出し、口をへらへらと半開きにしているが、目だけは燃えるようにじっとドユンを見据えていた。

 宇似たちの後ろのテーブルでは、足を踏む音と手拍子の他に歌声が加わって鳴り響いていた。

パンジャンハジャ一杯飲もうよパンジャンハジャ一杯飲もうよ。」

 ダンサーたちは、ひたすら太鼓のリズムに足と手を調和させて、前方の男二人の威嚇合戦に興味がないかのように踊り続けている。

 宇似は、目の前の二人の緊張感を煽り立てるように、意味も知らずに「パンジャンハジャ、パンジャンハジャ。」と真似して唱える。

宇似をちらと見たウヌは、前方のカウンターに向かうと、手に透明な酒瓶を持って戻って来た。瓶の蓋を開けて、背後の手拍子に合わせて体を揺らしながらぐいと瓶に口をつけて何口か口に含んだ。宇似は酒瓶のラベルを読み取る。そこには『VODKAウォッカ96%』と書いてあった。ウヌは頬を酒で膨ませたまま、ポケットからライターを取り出した。それに火を点けると、彼はライターと自分の顔をドユンの笑っている面構えに向かって一直線に並べ、相手目がけて口の中にある酒を噴射した。

 オレンジの炎の塊が宇似の前にぱっと広がり、彼は思わず後ずさって「うわあ」と声をあげた。目の前で炎を迎え撃つ形になったドユンは、少し顔を後ろに引いただけで落ち着き払ったような表情を崩さず、ウヌが持ってきたウォッカの瓶を手にしていた。

 今度はドユンの番だといわんばかりに、彼の目は気分の高揚と戦いへの意志で輝いているように見えた。彼が炎に舐められた眉毛を、瓶を持っていない方の手で擦ると、焦げた眉毛がばらばらと落ちた。それを見て、ウヌは満足げに、右肘をガンと机につけた。腕相撲開始の催促だった。

 だが、ドユンはそれには乗らず、ウォッカをぐびぐびと飲み始めた。ボトルに残った酒の半分近くを嚥下してしまい、さらに何口も口に含みながら頬を膨らませた。さっきのウヌよりも多量の酒を吐き出すつもりなのは明らかだった。

 宇似は、席に戻ることができず、すこし後ろのダンサーたちの近くで二人の戦況を見守ることにした。ダンサーはますます激しく足を踏み、手を打ち、歌を唱えている。

 我慢し切れなかったのか、ドユンが手早くライターに火をつけた途端、咳き込んでウォッカを吐き出してしまった。先ほどよりも、大きな火球が巨漢二人を包み、その周辺にも小さな火の子がパッパッパときらめいた。宇似は離れた場所に立っていて、一度目ほどには驚きを見せず、笑みを浮かべて思わず拍手した。

「ママさん、すごいショーですね。こんなに間近で見られたのは初めてです。」

 彼は一緒にグラスを持ったまま後ろに下がっていたユナの瞳を見る。その瞳はかれを見つめ返さず、そこには小さな炎が映っていた。それに気づいた宇似は慌てて前方に視線を戻した。

 ウヌが火の点いたタンクトップを脱いで、机をバンバンと叩いていた。だが、テーブルのアルコールを吸ったシャツは余計に火を膨らませ、目を丸くしたウヌは、すぐにそれを後方に投げ捨てた。そして、熱くてたまらないというように、氷の入った銀製の容器に手を突っ込み、恨みがましい目でドユンを見ていた。

 ドユンはウヌの怒りに何の反応も返すことができなかった。口をあんぐりと開け、こめかみの血管をしぼませ、震える手でウヌの後ろを指差した。

 宇似、ユナ、そして振り向いたウヌは、一斉に同じ方向を見た。そこには入り口近くのアレカヤシが火柱を立てて燃えていた。

ホルうわっ!」とウヌが叫ぶと逃げ出しそうな勢いを見せた。それをユナが押し止め、韓国語で何かをまくし立てた。すると、まずはウヌが、続いて顔面蒼白になったドユンが店のカウンターの方に向かい、慣れぬ手つきで消火器を探し当てると、二人のうちどっちが消火器を持つかで諍いを始めた。

「パンジャンハジャ! パンジャンハジャ!」

 歌声はまだ鳴っていたが、その声も火災報知機の叫び声にかき消された。

 火柱はドアを塞ぐ形で炎のとばりとなって宇似の帰り道を封じていた。彼がグラスを手にしたまま、茫然自失としていると、ユナが腕を組んできた。驚いた彼に、ユナはキリっとした目を向けた。

「ちょっとドアが焦げているから、裏口から帰りましょう。タクシー呼ぶね。」

 宇似は消火器をめぐって掴みかからんばかりの巨漢二人や、ステップを踏みながら徐々に後ずさりして悲鳴のような歌を歌う男女の間をかき分けながら、店の裏手を出た。

 ユナは宇似の手を引いて、店の裏口から、水の滴る茂みを抜けて、入り口とは反対側にある路地に出た。そこで、彼女はスマートフォンで電話を二度かけた。一度目はタクシーの手配のため、二度目は消防車を呼ぶためであった。

 宇似がスナックの方を振り返ると、もうもうと煙が火の粉を吐き出しているところだった。

「見ちゃ駄目よ。」

 ユナは、彼の腕を取って自分の腕と絡ませた。もう一方の手で、彼に紙を握らせた。宇似がそっと開くと、先ほどの千円札だった。

「サランヘヨ。」

「どういう意味です?」

「大好きという意味よ。お店焦げちゃったから、さっきの勝負は引き分けね。お金返したよ。だから、今夜の店焦げた話、警察とかにしちゃいけないね。今日のお代はツケきくから。お兄さん、また遊びに来るね。」

 彼は、間もなくやって来たタクシーに乗り込んだ。後部座席から振り返ると、遠くのユナはまだ手を振っていた。それは、遠くの炎と溶け合い、小さくなって、やがて見えなくなっていた。

 空を焦がす煙だけがいつまでも宇似の目を捉えていた。

 

                     (了)

書いてみて

今回は、以前からどうしても書きたかったが、オチがなく、コンテストに出し辛い構想だったものを、純文学として書き上げました。
構想を形にするのが難しく、心理描写を抜くのは難しかったですが、炎の表現だけは、上手く書けたかなとは思います。

次回の目指す地点

次回は、これまでの純文風の縛りに加えて
①連用中止法を避け、短文を多めに、キレのある文章を書く。
②接続助詞より接続詞を使う。
③副詞を意識する。
というところを考えて、作品を作ろうかと思っております。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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