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【怖い話】郵便物

私が28歳の頃、通勤を楽にしたいという理由で、当時勤めていた会社の近くに引っ越しを決めたことがあった。

少し都会の方だったのでそれなりに家賃は高かったが、会社から徒歩5分程のアパートに入居することができた。そのアパートは8階建てで、私の新居は5階の513号室だった。

私は休日を丸一日使って引っ越し作業を終わらせ、入居初日は疲労ですぐに眠ってしまった。

翌日、仕事から帰ってきて郵便受けを確認すると、小さな白い封筒が1通入っていた。

その封筒、宛先の記載は確かに私の住所が書かれていたのだが、宛名は全く知らない女性の名前だった。

おそらく前の住人宛のものが届いてしまったのだろうと考えた私は、次の休日にでもアパートの管理会社に持って行こうと思い、開封せずに持っておくことにした。

次の日、また仕事から帰ってきて郵便受けを確認すると、昨日と同じような封筒が1通入っていた。宛先も宛名も昨日と同じだ。

そしてまたその次の日も、郵便受けには同じ宛先と宛名の封筒が入っていた。

3日連続ともなると、私もさすがに気味が悪くなった。そして、今更ながらこの封筒が誰から送られてきているのか気になり、改めて封筒を見てみた。

しかし3通とも、送り主の住所と名前は書かれていなかった。それどころか、切手も貼られていないし郵便局の印鑑も押されていない。

そこで私は初めて気付いた。この封筒は郵便局を通さず、誰かが直接、私の郵便受けに毎日入れに来ているのだ。

なんだか余計に気持ち悪く感じた私は、とりあえずアパートの管理会社に電話して、前の住人宛の封筒が届いていることを話した。

「ちなみに、宛名はなんて書かれていますか?」

管理会社の人にそう聞かれた私は、封筒に書かれている女性の名前を伝えた。

電話口からパソコンのキーボードを叩く音が聞こえ、しばらく沈黙が続いた後、管理会社の人が少し困ったような声で言った。

「検索してみたんですけど、前の居住者の名前とは一致しないみたいです・・・」

詳しく聞くと、私が住んでいる513号室は2年ほど空室だったらしく、最後に住んでいたのは一人暮らしの男性だったとのこと。

封筒に書かれている女性の名前は、513号室だけではなく、このアパート自体の居住履歴に入っていないらしい。

しかも、513号室が空室になっていた期間は定期的に管理会社の方で郵便受けの確認をしていたが、そんな封筒が入っていたことは一度も無いと言うのだ。

とりあえず、私の手元にある封筒は管理会社の方で引き取ってくれることになった。

私はすぐにでもこの封筒を手放したくなっていたが、今日はもう管理会社の営業終了時間が近かったので、後日持って行くと伝えて電話を切った。

電話を切った後もどこか気持ちが落ち着かない私は、テレビをつけて、ソファーに座り込んだ。

なるべく封筒のことは考えないように、しばらくぼんやりとテレビを眺めていた。

気が付くと深夜0時を過ぎていて、そろそろ寝ようかとテレビを消した。その直接、右の方から刺すような視線を感じた。

右の方を見たらいけない。直感的にそう思ったが、その反面、何もないことを確認するために見た方がいいと思う部分もあった。

私は、ゆっくりと首を右の方へ向けていった。が、少し動かしたところで止め、また正面に向き直ってテレビをつけた。

視界の端で見てしまったのだ。右側のキッチンとの間にある引き戸が少し開いていて、その隙間の一番上から、天井にへばりついた髪の長い女の顔がこちらを覗いているのを。

私はもう右側を見ないように正面のテレビに集中して、朝になるまでただ時間が過ぎるのを待った。

外が明るくなった時には、もう視線も感じなくなっていた。

引き戸の隙間から覗いていた女が封筒と無関係とは思えなかった私は、会社に連絡して休みを取り、管理会社の営業開始と同時に封筒を持って行った。

それ以来、私の郵便受けに封筒が届くことは無く、家の中でおかしなものを見ることも無かった。

それから2年後、私は転職にともなってそのアパートを退去したのだが、退去の際に管理会社の人に聞いてみた。

「入居したばかりの時に変な封筒を預けたと思うんですけど、あれってどうなったんですか?」

管理会社の人は苦い顔をしたが、今だから言いますけど、と前置きしてこう答えた。

「あれね、差出人の情報も無かったので何か手掛かりがないかと思って開封したんですよ。そしたら3通とも大量の髪の毛が入ってて、気味悪かったのでお寺に持って行きました・・・」

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