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0004 A-side 日本怪奇名所案内

1.心霊スポットあるいは怪奇名所

 心霊スポットなる名称がいつから用いられるようになったかは不明である。今では、幽霊が出たり、不思議な現象が起きたりすると噂される場所をこのように呼ぶことに異論を唱える者はいないはずだ。だが、少なくとも、1976年時点では、さほど定着した名称ではなかったと考えられる。なぜなら、現在では心霊スポットと称されるであろう場所を紹介した平野威馬雄の名著のタイトルは『日本怪奇名所案内』だからである。怪奇名所というのは、何とも言い得て妙であるが、幽霊の出るような場所を名所と呼ぶとは何事か、と現代であればお叱りを受けるかもしれない。1976年、大らかな時代だったのだろう。
 心霊スポットあるいは怪奇名所には、十中八九、人が亡くなったという逸話がつきまとう。曰く、ここで自殺があった。曰く、ここで人が殺された。曰く、ここで凄惨な事故があった。エトセトラ、エトセトラ。そして、そのような場所は常に、いかにもな雰囲気を纏っているものである。墓地、古戦場、自殺の名所、廃病院、廃学校。そこで事件があっていようとなかろうと、このような場所が怖いことに変わりはない。ましてや、そこに物語が付加されるのだ。それは恐怖を何倍にも増幅させるだろう。
 もちろん、安易に近づいてよい場所ではない。社会的な問題、法的な問題など多くの問題に抵触する可能性があるし、下手をすると犯罪に巻き込まれることさえ想定される。私はもちろんのこと心霊スポットあるいは怪奇名所に一度も行ったことは無いし、これからも行くことは無いと固く誓っている。それは単純に怖いからだ。読者諸氏にも行くことを決してお薦めしない。だからといって、私は心霊スポットあるいは怪奇名所が嫌いなわけではない。むしろ、それらについて書かれた本、それらを探索した映像などには積極的に手を伸ばす。今では、ネットという優れものもある。「○○県の心霊スポット」と検索すれば、瞬時に結果が出て、どのような因縁のある場所かが(真偽はさておき)すぐにわかる。丁寧に動画や写真つきで解説してくれているサイトもある。マップ機能を使えば、その場の実際の映像を見る事もできる。心霊スポットあるいは怪奇名所だけで1日と言わず1ヶ月でも楽しむことが可能だ。まさにパラダイスである。
 というわけで、私は、バーチャル探訪をお薦めする者である。心霊スポットに実際に赴くのはプロに任せておこう。私はその残り香だけで十分である。怪奇とは遠くにありて思うもの。遠くから安全に怪異を嗜む。これが正しい怪奇紳士・怪奇淑女の姿勢である。私たちの欲求を満たしてくれる本や映像は数多くある。昨今のVR技術を使えば、家に居ながらにして名所探訪が可能になる日もそう遠くはないだろう。心霊スポットあるいは怪奇名所はますます身近な存在となりつつあるのだ。
 それでは、想像の怪奇名所探検へともに出かけよう。

2.平野威馬雄とは

 料理愛好家平野レミの父。詩人、フランス文学者、好色小説家などいくつもの顔を持つが、オカルト研究家としても著名である。「お化けを守る会」の主宰であり、その会には渥美清、小沢昭一、黒柳徹子、中山千夏、遠藤周作、中岡俊哉、橋本健、水木しげる、横尾忠則、和田誠、永六輔など錚々たるメンバーが参画していたと言われている。何でも多い時には会員数は1800人を超えていたと言うからびっくりするほど巨大な組織であったのだろう。お化けの存在を頭から否定しないのであれば入会に何の資格もいらないとする「ゆるさ」が会員数を増やした原因と考えられる。前述の『日本怪奇名所案内』には問い合わせ先として、信じられないことに自宅住所と電話番号が掲載されているが、残念ながら今は活動は行われていない。
この会には次のような不文律があったという。

今後、幽霊にぶつかったら、叫んだり、逃げたり、彼らに恐怖することなく、むしろ友好的な態度で、お化けのいい分やうったえに耳をかたむけてやり、相手を満足させたうえで、ゆっくり、
「君はどこからきたの?」
「君のいるところは、どんなところ?」
「生きていたときの、親や友や夫や妻や子と、いっしょに暮らしているの?」
といろいろなことを訊くことだ。
そして、親しい人との死後の消息など、いろいろとしらべてもらうこと……などを取り決めた。

平野威馬雄『日本怪奇名所案内』サラブレッド・ブックス 1976

 なかなかにお化けファーストな姿勢が素晴らしい。これでお化けが語ってくれるかどうかはわからないが、お化けも元は人間であったことを考えると、優しさにほだされることは十分にありうる。
中岡俊哉といい平野威馬雄といい、この時期の方々は、その正直さにこちらが驚き呆れるほど、幽霊に対して素朴実在論的立場に立っている人が多い。幽霊の実在をこれっぽっちも疑っていない生き様は爽快ですらある。
 日米のハーフでやや日本人離れした顔立ちである。まだ、ハーフという言葉すらなかった時代において、差別的な扱いを受けることもしばしばであったという。ハーフというだけでリンチを受けそうになったこともあるが、逆に相手の片目を抉り出したという逸話を持つ。学校という組織とは相性があまり良くはなく、権威主義を心底毛嫌いする性格であったようで、東京外国語大学を中退している(後に上智大学独哲科を卒業)。だが、人から色々と教えてもらう必要もないほど、早熟の天才であり、中学校時代にはすでに日本の古典からフランス語の原書まで難なく読みこなしていた。文筆の才があったことは言うまでもないが、残念なことに麻薬に溺れた時代もあった。
 ハーフであったことに加えて、反戦思想の持ち主であったことから戦争時代にはあらぬ嫌疑をかけられることもあった。戦後はハーフ救済に尽力する他、前述のお化けを守る会、空飛ぶ円盤研究会などオカルト系の活動にも邁進した。破天荒な人生の中にも、弱いもの、陰日向に生きるものに対する優しい眼差しを忘れることは決してなかったように感じられる。彼の自伝として、以下の著作があるが、今では入手困難となっている。図書館などで読むか、ざっくりとでよければ、Wikipediaを参照するのが、最も効率的であろう。

平野威馬雄『陰者の告白』ちくま文庫 1994

3.日本怪奇名所案内

平野威馬雄『日本怪奇名所案内』サラブレッド・ブックス 1976

 サラブレッド・ブックスは名作揃いである。この本も例に漏れず名作中の名作の一つで、心霊スポット探訪の先駆けとして必読の作品である。広く全国の心霊スポットが取り上げられており、昨今流行りの「ご当地怪談」の祖先として捉えることもできる。UFOの頻出目撃スポットについても多くの紙面が割かれており、UFO専門で楽しむ人たちにも十分おすすめできる1冊である。
 章立てを見ていくと、
第一章 道路沿いの怪
第二章 水辺を漂う怪
第三章 山岳地帯の怪
第四章 公共施設の怪
第五章 お化け屋敷
第六章 祟られた場所
第七章 幽霊の写る所
第八章 UFO地帯
と実にバラエティに富んでいることがわかるだろう。
 小坪トンネルや青木ヶ原樹海など、現代においてさえもその名を広く知られる超のつくほど有名な心霊スポットがすでに取り上げられているのは、やはり興味深い。50年近くにわたり、心霊スポットとして君臨していることを考えると王者の風格を感じる。それに、ここまでひと時も忘れられることなく、心霊スポットとして認識されているからには、よほど強い力を持つ何かが棲みついていると考えざるを得ない。
 全国津々浦々、90ヶ所を超える心霊スポットが集められているのは、まさにお化けを守る会の圧倒的な会員数のなせる業であろう。しかも、単なる場所の羅列に終始するのではなく、時に、平野自ら当地へ赴き、実地調査を行う様子も記されている。面白いのは、時に降霊のできる霊能者を引き連れ、現地で降霊会を催したりするところ。例えば、山口県・大刈峠で絞殺されたOLの霊の降霊には成功しており、その霊と語る一部始終が綴られている。執筆時点で未解決事件だったようで、霊に向かって「あなたの首をしめたのは誰ですか?」と率直に尋ね、霊がそれに「ヨシオ」と答える。嘘だろ、とツッコミを入れたくなるのは、北九州市警察本部の刑事課長まで訪ねていき、容疑者リストの中に「ヨシオ」という名前の人物がいるか訊いている。訊くだけならまだしもその課長がご丁寧に「ヨシオでしたね……ええと、たしかにいますね」などと答えるのは、いささかやりすぎではないかとも思う。もしかすると当時は霊媒師が警察に協力するということも普通に行われていたのだろうか。
 特筆すべきは、UFO出現多発地帯について多数言及されていることだろう。現在であれば、心霊スポットとUFO出現地帯が一つの書物の中に一緒に書かれることは少ない。そういう意味で、1冊で色々なテイストを味わうことができる。もはや日本はUFOの定期航路になっているのではないかと納得してしまうほど、目撃情報は全国に及んでいる。中でも、興味を惹かれるのは、高知県高知市介良村での空飛ぶ円盤捕獲事件(通称:介良事件)である。非常に有名な事件ではあるが、何度読んでも面白い。1972年9月、同村の中学生9人組が、大きなたばこ盆を逆さにしたような銀色に発光する物体を捕まえた。メンバーの一人はその物体表面の小さな穴に水を入れたり、分解してみたりと、恐れを知らぬ大胆な調査を実行している。残念ながら、友人の家へ運ぶ途中にどこかに飛んで逃げていったようだが、いまだに取り上げられることの多い事件についての最初期の言及として、資料的価値もある。ちなみに遠藤周作も介良事件を自ら取材し、エッセイを残している
 おそらく、今はもう無くなってしまった心霊スポットも数多くあるだろう。だが、心霊スポット探訪は何も現にある場所だけを探訪するものではないのである。昔あった心霊スポットに思いを馳せ、想像の中で、恐怖に汗を滲ませながら歩く自分を思い描く。そのような心霊スポット探訪は簡便かつ安全である。

以上、お読みいただきありがとうございました。次回、0004 B-sideでは怪異を訪ねる作品をご紹介いたします。お読みいただければ幸いです。


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