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3. 怒れる女。

彼女は怒っていた。

乾杯をして互いの労をねぎらって、
さて何かすぐに出そうなものでも頼むかあというタイミングから、
すでに絶好調に怒っていた。

聞いてほしい話がある時、
彼女は良い話でも悪い話でも「ちょっと聞いてもらってもいいですか?」と話し出しが敬語になる。

良い話のときは口もとを緩ませながら(とても可愛い)、
悪い話のときは頬をぷくぷくさせながら(これまた可愛い)、敬語になる。
この日は言わずもがな後者だった。

これは長くなるぞと思い、
とりあえず沢庵納豆とブツマグロ、それに好みのおでんを銘銘頼んだ。
余談だけれど、おでんの大根がすごく好きで、来るといつも頼んでしまう。
味の浸みている大根に、おぼろ昆布がたまらない。
(大人になってから、ちくわぶも好き。)

話のあらましは色恋の沙汰で、
聞けば確かに嫌な気持ちになる話だった。

一通りの話を聞いて、
怒れる女の隣に座る友人は、
同情でも同調でもなく、感心していた。

「そんなに怒れるの、すごい。」と。

怒るって体力使うから、私は年々怒らなくなってしまった。
なんとなくの妥協点を作るのが上手くなってしまった。

怒れる女の横で、心底感心した顔を崩さぬままに、そう言うのである。
まさか話して感心されるとは思っていなかったようで、言われた当人はきょとんとしていた。

でも確かにそうなのだ。

怒ることは疲れる。怒り続けることは相当に疲れる。
現に彼女の怒りの種も二週間ほど前の出来事で、
話の鮮度からして、
彼女はその間、おそらく同じくらいのテンションでずっと怒っていたのだと思う。
(もちろん話しているうちに再燃した部分も少なからずあるとは思うけれど。)

想像しただけで疲れる。すごく摩耗する。

そして、「きえちゃんもそういうタイプでしょ?」と聞かれ、
初めて自分が怒れない女であることを自覚した。

怒れることが羨ましいとは思わないけれど、
怒れる女の怒れる話を聞くのが好きな理由がなんとなく分かった気がした。

もし常に沸点が低く、怒りっぽい女だったら話は別だけど、
彼女はそうじゃない。

彼女は怒ることの出来る、愛と情熱の戦士なのだ。

こんなことを書くとまた、怒れる女はきょとんとするんだろうな。
ああ、可愛いな。

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BEETLEの由来は、甘い匂いに誘われるカブトムシのように、
思わずお客さんがいざなわれるお店にしたいから、みたいな話をたまたま居合わせたお店の方から伺いました。とてもよい。

はやくふらふらといざなわれるがままに飲みに行ける世の中になって欲しいな。

大衆酒場BEETLE 五反田
03-6721-9211
東京都品川区東五反田1-23-7 メリス五反田ビル 1F

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