![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/25077734/rectangle_large_type_2_bbe52e8ff32620552d1ecab113c685fe.png?width=1200)
選ばれない女の、選ぶ道。
わたしのコンプレックスは、
ずばり、選ばれないこと。
高校生の時、オーケストラのパートリーダーに選ばれなかったこと。
大学生の時、好きだった彼に選ばれなかったこと。
就職活動の時、入りたい企業に選ばれなかったこと。
指折り数えたら両手両足じゃ全然足りない、
余るほどある選ばれなかった経験たちが
私の選ばれないコンプレックスを、じわじわと肥大化させていった。
選ばれたひとより努力をしていなかったからなんてこたぁ、分かってる。
そもそもタイプじゃなかったからなんてこたぁ、分かってる。
相手の求めるものと私が与えられるものがマッチしなかったからなんてこたぁ、分かってる。
分かってるけど。
理由はなんであれ、事実私は選ばれなかった。
拾う神とも、あんまり縁がなかった。
拾ってくれたっていいじゃんかあ、なんて邪な思いが、
神様にはきっとお見通しだったんだと思う。
特に私の心を蝕んだのは、
恋愛対象として、選ばれなかったこと。
要はモテないのだ。
言うまでもないけれど、
現在進行形で、今も。
好きになった人とはてんで結ばれないし、
長いこと誰からも愛の告白なんてされてない。
何ならいつの間にか、誰かを好きになることにすら、二の足を踏むようになってしまった。
モテなくて、モテなくて、
「ああ私ってば誰からも必要とされない愛されない女なのね、35歳になったら黒くてちっこいポメラニアンでも飼おうかしら。」
とかなんとか、
まあまあな頻度で考えてしまう。
そしていざ35歳のラインが近づいてくると、
「や、やっぱり40歳になったらにしようかな…。」
なんて、誰に公表する話でもないのに(しちゃったけど)、
勝手に自分の中でルール改定をしてみたりする。
選ばれないことを自覚しているわりに、
底つきそうな自己肯定感の低さを前に、
それでも心のどこかで、
私は選ばれることを渇望しているのだ。
だって自分で自分のことを諦めちゃったら、
もう、本当に終わりだから。
ですよね安西先生。いや、井上先生。
自分で自分を否定しないためにも、何かプラスになる武器が欲しい。
そう思って、思いつくことから挑戦してみた。
ポールダンスにキックボクシング、
お絵かき教室にアクセサリー作りに薬膳検定、語学だとベトナム語なんかも。
あとは選ばれたくて、本業とは接点のないコピーコンペに本気で応募してみたりした。
おかげさまで、コピーコンペでは入賞することが出来た。
選ばれた。嬉しかった。
キックボクシングなんかは楽しくて、
かれこれ3年以上は続けているんじゃなかろうか。
「なんか武器、ちがくない?」
っていうのは、書き出してみて自分でも気付いたし、
現在進行形でモテていないわけだから、
言わずもがな、こと恋愛において、何の足しにもなっていない。
物理的には防御力・攻撃力共に格段にレベルアップした気がするけど、
私が欲しかったのは、そういうのじゃない。
嬉しかった、とか、喜んでる場合じゃない。
心細いときに心細いですと素直にこぼせる相手が欲しかっただけなのに、
美味しいねとか美味しくないねとか、
日々の些細なことを笑って共有できる相手が欲しかっただけなのに、
今の私はと言えば、
ただただ知見が広がって、未知の世界が広がって、
そこから興味が派生してまた新しい学びを得て、
バカみたいに楽しく愉快に暮らしている。
そういうのじゃない、はずなのに。
そしてここに来てのキナリ杯だ。
私は懲りずにまた、選ばれたいと思っている。
選ばれたってまた、恋愛の防御力も攻撃力もきっと上がらないのに。
それでもやっぱり選ばれたら嬉しくて、新しい世界は楽しくて。
その経験は選ばれない私にとって、間違いなく宝なのだ。
そう、たとえモテなくても。
超、モテたいけど。
5月1日に書き始めて、気が付けば今日は、5月7日。
あれよあれよと連休も明けてしまった。
おかげさまで休暇中は選ばれることについて
ずっとぼんやりと考えていた訳なのだけど、
選ばれるっていうのは、
選ばれたいものを選ぶ力もきっととっても大事なんだろうな。
そこの審美眼すらまだまだ足りない私だけど、
今自信を持って言えることは、
私は今、すごくあなたに選ばれたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?