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〇西洋菓子店プティ・フール/千早茜

私も柔らかめのシュー皮に生のクリームを詰める。
これはじいちゃんのシュークリームだ。
私のシュークリームは開店してから焼く。
パイ生地に似た歯触りの軽いもので、
焼き立てを目当てにお客さんがやってくる。
注文を受けてからクリームを詰めるので、
お客さん達からは「さくさくシュー」と呼ばれている。
じいちゃんのしっとりしたシュークリームも根強い人気で、
店には二種類のシュークリームが並ぶ。

グロゼイユ Groseille

大きなロールケーキを巻きながらいいちゃんが頷く。
苺、キウイ、バナナ、季節のフルーツに
チョコレート入りのプチシューまで入った
贅沢なロールケーキは丸太のようだ。
子どもが見ると必ず目を輝かせる、お菓子の森という名のケーキ

グロゼイユ Groseille

名残雪の雪のような卵白の山にナイフを入れ、
淡い黄色のアングレーズソースをたっぷりとかけて、
レース模様の薄い飴菓子をさし、
キャラメリゼしたナッツをまわりに散らす。
卵白の中にもナッツやプラリネが入っているが、
食感の違いを楽しんでもらう。
ふと思いついてグロゼイユも散らしてみた。
「イル・フロッタントです」

グロゼイユ Groseille

ショーケースをもう一度眺めて、
キャラメル・ポワールを頼んだ。
二つ、箱に詰めてもらう。
かりかりのプラリネと洋梨のコンポートが
キャラメルムースの中に入っている。
ここの店のものは底に洋梨のムースも隠れていて、
こんもり絞られていたキャラメルムースの上には
キャラメルがかかっている。

ヴァニーユ Vanille

亜樹さんが考案した栗のマドレーヌは美味しかったな、
と懐かしく思う。
糖衣がかかっていて、さくっとした歯触りの後に
じゅわっとラム酒たっぷりの生地が口の中で溶けて、
ねっちりした栗のグラッセが最後に残る。

ヴァニーユ Vanille

パテ・オ・プリュンヌは夏になると必ず
亜樹さんとシェフの話題にのぼる菓子だった。
ほろりと崩れるサブレ生地。甘酸っぱい果肉。
砂糖を極限まで抑えて
果物の酸味を生かしたシンプルな菓子。
初めて食べたのに、どこか郷愁を感じさせる
素朴な味だった。

ヴァニーユ Vanille

フルーツや色鮮やかなクリームで飾られているわけでもないのに、
きれいなお菓子だと感じた。
金色の正方形の敷き紙、
ぱりっと焦げ茶色に焼きがった生地、
その間に挟まれたモカ色のクリームは
なめらかな波模様を描いている。
クリームの中の黒い点はバニラビーンズだろう。
上のシュー生地には光沢を帯びた
飴色のとろりとして液体が塗られていた。
そこにナッツや金箔がちりばめられている。
小さいけれど重厚で、丁寧に作られている感じがした。

ヴァニーユ Vanille

上に塗られたバターたっぷりの生キャラメル、
ナッツのかすかな塩気、
こくのあるクリームが舌で溶け、
豊かなバニラビーンズの香りが鼻に抜ける。
ぱきぱきと弾けるプラリネの食感。
口の中で崩れるシュー生地。
それらが混然となって流れていく。
最後にまた苦みが残る。かすかな酸味も感じられる。
けれど、その分しっかりとした甘さもある。
たっぷりと挟まれているクリームからも
バターの風味がした。

カラメル Caramel

あたしが食べたピーチ・メルバというスイーツは
夢みたいにおいしかった。
コンポートされた大きな白桃がお椀をひっくりかえしたように
ガラスのアイスクリーム皿にのっていて、
真っ赤なベリーソースがかかっていた。
上には綿菓子のような飴細工とローストアーモンド。
まわりにはふんわりお酒の香りがする
薄ピンクのクラッシュゼリー。
やわらかな桃にスプーンを差し込むと、
中からバニラアイスがとろりと溶けだした。

ロゼ Rose

フォークの先端がケーキに触れて
薄いガラスを割ったようなはかない音を立てる。
表面がキャラメリゼされている。
そのままフォークは抵抗なく下まで降りて、
生地に達するとさくっとした感触がした。
中は淡い黄色のカスタードクリームだった。
バニラビーンズがたっぷりと入っている。
とろりとしたそれを口の中に運ぶと、
舌の上でなめらかに溶けた。
タルトだと思っていたものはパイ生地だった。
何層にもなった生地が口の中でほどける。
キャラメルの甘苦さを残して、
すべてはすっと消えていった。
パイの中にあふれんばかりの甘いカスタードクリーム。
それで、愛の泉か。なんてシンプルなスイーツ。
カスタードクリームの感触が絶妙だった。
流れ出しそうで流れない。
繊細なパイ生地の中でふるふると揺れる。
ふたくちめを口に入れた瞬間、
薄暗い店内にふわっと薄ピンクの幕がかかった。
華やかな香りが鼻を抜けていく。
頭の中に花が咲いた。(ピュイ・ダム―ル)

ロゼ Rose

さくっと口の中でメレンゲが崩れた。
外側を覆っている小枝のようなものが
チョコレートメレンゲなのはわかっていた。
けれど、中の三層になったスポンジのようなものも
メレンゲでできていた。
その間にチョコレートムースが挟まっている。
ほろ苦いメレンゲを噛み砕くと、
冷たいムースがとろりと溶ける。
まったく重さを感じさせない優しい味のチョコレートケーキ。
中と外のメレンゲの食感の違いも面白い。
外はさくさくとして口の中でふわっと消える。
中のはシロップが浸み込ませてあるのか、
レシピが違うのか、クシュと口の中で潰れてムースと絡まり合う。

ショコラ Chocolat



千早さんは
さんかくで読んでいて、
あのときはご飯の描写が素晴らしいなあと
思っていたけど、
まさかスイーツも素晴らしいなんて。
読みたい作家さんがどんどんでてくる。



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