〇西洋菓子店プティ・フール/千早茜 2 おいしい人 2024年1月7日 10:12 私も柔らかめのシュー皮に生のクリームを詰める。これはじいちゃんのシュークリームだ。私のシュークリームは開店してから焼く。パイ生地に似た歯触りの軽いもので、焼き立てを目当てにお客さんがやってくる。注文を受けてからクリームを詰めるので、お客さん達からは「さくさくシュー」と呼ばれている。じいちゃんのしっとりしたシュークリームも根強い人気で、店には二種類のシュークリームが並ぶ。グロゼイユ Groseille大きなロールケーキを巻きながらいいちゃんが頷く。苺、キウイ、バナナ、季節のフルーツにチョコレート入りのプチシューまで入った贅沢なロールケーキは丸太のようだ。子どもが見ると必ず目を輝かせる、お菓子の森という名のケーキグロゼイユ Groseille名残雪の雪のような卵白の山にナイフを入れ、淡い黄色のアングレーズソースをたっぷりとかけて、レース模様の薄い飴菓子をさし、キャラメリゼしたナッツをまわりに散らす。卵白の中にもナッツやプラリネが入っているが、食感の違いを楽しんでもらう。ふと思いついてグロゼイユも散らしてみた。「イル・フロッタントです」グロゼイユ Groseilleショーケースをもう一度眺めて、キャラメル・ポワールを頼んだ。二つ、箱に詰めてもらう。かりかりのプラリネと洋梨のコンポートがキャラメルムースの中に入っている。ここの店のものは底に洋梨のムースも隠れていて、こんもり絞られていたキャラメルムースの上にはキャラメルがかかっている。ヴァニーユ Vanille亜樹さんが考案した栗のマドレーヌは美味しかったな、と懐かしく思う。糖衣がかかっていて、さくっとした歯触りの後にじゅわっとラム酒たっぷりの生地が口の中で溶けて、ねっちりした栗のグラッセが最後に残る。ヴァニーユ Vanilleパテ・オ・プリュンヌは夏になると必ず亜樹さんとシェフの話題にのぼる菓子だった。ほろりと崩れるサブレ生地。甘酸っぱい果肉。砂糖を極限まで抑えて果物の酸味を生かしたシンプルな菓子。初めて食べたのに、どこか郷愁を感じさせる素朴な味だった。ヴァニーユ Vanilleフルーツや色鮮やかなクリームで飾られているわけでもないのに、きれいなお菓子だと感じた。金色の正方形の敷き紙、ぱりっと焦げ茶色に焼きがった生地、その間に挟まれたモカ色のクリームはなめらかな波模様を描いている。クリームの中の黒い点はバニラビーンズだろう。上のシュー生地には光沢を帯びた飴色のとろりとして液体が塗られていた。そこにナッツや金箔がちりばめられている。小さいけれど重厚で、丁寧に作られている感じがした。ヴァニーユ Vanille上に塗られたバターたっぷりの生キャラメル、ナッツのかすかな塩気、こくのあるクリームが舌で溶け、豊かなバニラビーンズの香りが鼻に抜ける。ぱきぱきと弾けるプラリネの食感。口の中で崩れるシュー生地。それらが混然となって流れていく。最後にまた苦みが残る。かすかな酸味も感じられる。けれど、その分しっかりとした甘さもある。たっぷりと挟まれているクリームからもバターの風味がした。カラメル Caramelあたしが食べたピーチ・メルバというスイーツは夢みたいにおいしかった。コンポートされた大きな白桃がお椀をひっくりかえしたようにガラスのアイスクリーム皿にのっていて、真っ赤なベリーソースがかかっていた。上には綿菓子のような飴細工とローストアーモンド。まわりにはふんわりお酒の香りがする薄ピンクのクラッシュゼリー。やわらかな桃にスプーンを差し込むと、中からバニラアイスがとろりと溶けだした。ロゼ Roseフォークの先端がケーキに触れて薄いガラスを割ったようなはかない音を立てる。表面がキャラメリゼされている。そのままフォークは抵抗なく下まで降りて、生地に達するとさくっとした感触がした。中は淡い黄色のカスタードクリームだった。バニラビーンズがたっぷりと入っている。とろりとしたそれを口の中に運ぶと、舌の上でなめらかに溶けた。タルトだと思っていたものはパイ生地だった。何層にもなった生地が口の中でほどける。キャラメルの甘苦さを残して、すべてはすっと消えていった。パイの中にあふれんばかりの甘いカスタードクリーム。それで、愛の泉か。なんてシンプルなスイーツ。カスタードクリームの感触が絶妙だった。流れ出しそうで流れない。繊細なパイ生地の中でふるふると揺れる。ふたくちめを口に入れた瞬間、薄暗い店内にふわっと薄ピンクの幕がかかった。華やかな香りが鼻を抜けていく。頭の中に花が咲いた。(ピュイ・ダム―ル)ロゼ Roseさくっと口の中でメレンゲが崩れた。外側を覆っている小枝のようなものがチョコレートメレンゲなのはわかっていた。けれど、中の三層になったスポンジのようなものもメレンゲでできていた。その間にチョコレートムースが挟まっている。ほろ苦いメレンゲを噛み砕くと、冷たいムースがとろりと溶ける。まったく重さを感じさせない優しい味のチョコレートケーキ。中と外のメレンゲの食感の違いも面白い。外はさくさくとして口の中でふわっと消える。中のはシロップが浸み込ませてあるのか、レシピが違うのか、クシュと口の中で潰れてムースと絡まり合う。ショコラ Chocolat千早さんはさんかくで読んでいて、あのときはご飯の描写が素晴らしいなあと思っていたけど、まさかスイーツも素晴らしいなんて。読みたい作家さんがどんどんでてくる。 西洋菓子店プティ・フール (文春文庫) www.amazon.co.jp 715円 (2024年01月07日 10:12時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する ダウンロード copy #料理 #本紹介 #千早茜 #西洋菓子店プティ・フール 2 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート