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〇ヴァン・ショーをあなたに/近藤史恵

アスパラガス、グリーンピース、
春キャベツ、そらまめ。
そんな春にしか食べられない野菜を
絶妙の火加減で甘みが出るように火を通して、
ワインビネガーを入れて煮込む。
酸っぱくなりそうだが、それほどでもなく、
爽やかな酸味が野菜の甘みと調和して、
春らしい一皿になっている。

ヴァン・ショーをあなたに

モンドールときのこのパイ包みを作ったときは、
あまりによい香りなので、
隣のテーブル客からも同じものを注文されたほどだ。
モンドールという、とろとろに熟成したチーズを、
数種類のきのこに絡めて、
それをパイ生地に包んで焼いた料理だが、
香りがパイ生地に閉じ込められるから、
切り分けたとき、チーズときのこの芳醇な香りが、
あたりに広がるのだ。

ヴァン・ショーをあなたに

今日のアミューズはサーモンの小さなタルトレットだが
彼女らには別の皿が出される。
チコリの上に茄子とトマトのピュレを載せたものだった。
白いチコリに赤いトマトのピュレ、翡翠色の茄子のピュレが映えて、
目でも楽しめる。

「これが今日のメイン。野菜だけのポトフです」
テラコッタの鍋の中には、
色鮮やかな野菜が顔をのぞかせていた。
赤と黄のパプリカ、そらまめ、
新玉葱と新じゃがいも、
ホワイトとグリーンそれぞれのアスパラガス、
太った下仁田葱、丸ごとトマト。
澄んだシャンパン色のスープからは、
かすかなにんにくの匂いがした。

ヴァン・ショーをあなたに

生野菜の上にソテーした鶏レバーとポーチドエッグが載っているのは、
サラダ・リヨネーズ。
となりには色彩の美しい、トマトとオレンジのサラダが並んでいる。
付け合わせ用に、ジュリエンスに切った野菜を和えたクルジェットや、
温野菜のギリシャ風もある。
真ん中のテリーヌ容器に入っているのはレバーのパテと
豚肉のリエットだろう。
スープは、シンプルな野菜のポタージュと、
冷たくしたトマトのスープと、
固くなったパンを混ぜ込んだスープ・ド・ブーランジェ
などがある。

ヴァン・ショーをあなたに

豪快にぶつ切りにした、金目鯛やホウボウ、
ワタリガニやムール貝がサフラン風味のスープから
顔をのぞかせている。
フレンチのブイヤベースといえば、
魚はスープとして丁寧に漉し、
その後に貝や海老だけを入れた上品なものが多いが、
シェフが作るのはもっと野趣あふれる一皿である。

ヴァン・ショーをあなたに

フォアグラが運ばれてきた。
壺のような容器に入ったパテ、トーストされたパンが
籠に山盛りになって出てきた。
日本人ならこれだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
ナイフですくってトーストに塗る。
ピンク色の脂肪がトーストの熱でとろけた。

ヴァン・ショーをあなたに

木の葉型に整えられたオムレツが運ばれてくる。
そっとナイフを入れると、
薄い皮が破れてとろりと中身がこぼれ出る。
いっそう濃いトリュフの香りがあたりに漂った。
フォークに載せて口に運ぶ。
卵の濃いトリュフの芳醇な香りが鼻に抜けた。

ヴァン・ショーをあなたに


次々と〈パ・マル〉シリーズを読んでしまう。
美味しいだけじゃない本だけど、
私の中ではおいしいが来てしまう。
この本を読むとフランス料理への
憧れがいっそう強くなる。



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