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〇あつあつを召し上がれ/小川糸

口の中にまだ熱々のしゅうまいを含んだまま、
それでも驚きの声をあげずにはいられなかった。
固まり肉をわざわざ叩いて作っているのだろう。
あらびき肉のそれぞれに濃厚な肉汁がぎゅっと詰まって、
口の中で爆竹のように炸裂する。

親父のぶたばら飯

今度はかなり大きなどんぶりにたっぷりと入ったふかひれのスープだ。
霧のように白濁したスープには、
細切りにしたハムや野菜などが、
願い事を記した七夕の短冊のように入り混じっている。
レンゲですくって舌の上に流し込んだ。
ふかひれがどっさり入っている。

親父のぶたばら飯

ふかひれのスープ同様、こちらも大きなどんぶりに山盛りだ。
白いご飯の上に、煮込んだぶたばらと熱い葛あん、
色を添える程度に小松菜がのっている。
ご飯粒にはしっかりとした弾力があり、
何か独特な香辛料の効いたあんが絡まっていて、
唯一無二の味になっていた。
ご飯にあんをかけただけだってもう十分ご馳走なのに、
メインのぶたばらと言ったら・・・
大きな固まりなのに、レンゲでスーッと切れるほど
柔らかく煮込んである。
肉の繊維一本一本にまで味が染み渡っていて、
食べ物というより、芸術作品を口に含んでいるようだった。

親父のぶたばら飯

いきなり目の前に登場したのは、松茸のフライだ。
口に含むと、サクッという音と共に、
松茸特有のふくよかな香りが広がる。
一緒に添えられている銀杏はプリプリと身が大きく、
絶妙な炒り加減である。
時間そのものを味わうようにと一品一品、
塗りの器に盛りつけてゆっくりと出してくれた。
白身の刺身は、キジハタの昆布〆だという。
奥行きのある味わいだ。
小ぶりな松茸をさっとあぶった焼き松茸は、
醤油のかかった大根おろしをつけていただく。
噛めば噛むほどに、優雅な味が、
口だけでなく体中に波打つようだ。
続くは、甘鯛の頭の味噌漬けである。
手づかみで食べてください、とのことなので、
指で直接骨を持ち上げ、口に含む。

さよなら松茸

鉄鍋の上には牛脂をのせ、脂が溶けるのをじっと待つ。
まずは牛肉からと言われたので、
黒々と光る鉄鍋の上に、
さしの入った上質な牛肉を広げて置いた。
この近くで育った能登牛だという。
引っくり返したところで、
醤油さしに入った割り下を回しかける。
じゅっと音がして、甘い湯気が広がった。
さっそく、一切れずつ肉を取って卵を浸し、口に入れる。
舌の上で、とろけるようだ。
すべての肉をたいらげてから、
今度はネギと松茸、糸コンニャクを入れる。
ネギはしゃきしゃきと歯ごたえが小気味よく、
むしろ松茸よりもおいしい。

さよなら松茸

朝食は、松茸ご飯だった。
一合も入ろうかという塗りのお椀にたっぷりよそわれている。
他にも惜しみなく松茸の入った茶碗蒸しに、松茸の味噌漬け。
レンコンと人参、モロッコインゲンの炊き合わせ。
飛竜頭。白菜のおしんこ。

さよなら松茸

翌朝、前の晩仕込んでおいた煮干しから、
うっすらとダシが滲み出てほんのり魚の香りが漂っていた。
卵の中に水で溶いた片栗粉を入れ、
更によく混ぜ合わせた。
これを菜箸に伝わらせるようにして汁の中に落とす。
すぐに卵は、ふわりと雲のように固まって表面に浮かぶ。

こーちゃんの味噌汁

小さな器の表面を、森を濃縮したような
ブロッコリーの細かい花が覆いつくしている。
蟹も冷たいスープには、チェリートマトのソルベが入っている。
上から丸い蓋のようにかぶせてあるのは、
薄焼きにしたカカオのチュイルだ。
チュイルとはフランス語で「瓦」を意味する。
スペシャリテは烏賊のソテーで。
下にカリフラワーのピュレ、
上には生のカリフラワーを薄くスライスしたものがのっている。
焼き加減が絶妙だ。
続く、手長エビのローストには、
ほのかにオレンジの香りがする泡がかぶせてある。

ポルクの晩餐

セヴェンヌ地方で獲れた玉ねぎに、
パタネグラ種という豚のチョリソを間に一枚一枚
挟み込んでミルフィーユ仕立てにし、
更にキャラメルソースで焼いた一品は、
数あるシェフの料理の中でも、俺が一番好きなものだ。
メインの肉料理は、子豚のロースの蒸し焼きと、
羊の鞍下肉のローストだ。
どちらも爽やかな草原の味がする。

ポルクの晩餐

生のスイカとスイカのソルベ、
それにプラムのコンポートが入ったガラスの器には、
いろいろなピンクが重なっている。
デザートは、少しずつ七種類が提供されていた。

ポルクの晩餐


親父のぶたばら飯が特に好きだったな。
ほろほろに口の中で溶けていく
豚バラは、まだ食べたことがないな~~。



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