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〇できたてご飯はんを君に。/行政薫

「よし、麺上げるぞ。」
タイマーが残り三十秒を切ったのをきっかけに、
それまでしゃべりまくっていた店主が弾かれたように動き出す。
ブルバが契約店に提供している麺用の
保存容器に素早く醤油っぽい色のタレを入れ、
鍋からスープを注ぐ。
その瞬間、ふわっとラーメンのいい香りがした。
湯気が立つ容器にすぐさま中蓋を被せて密閉すると、
ちょうどタイマーが鳴った。すぐにタイマーを止め、
平たい網を手にして釜の前に立って、
ふっと息を吐く。
そこから、鮮やかな手つきで茹で釜の中を
ぐるぐる泳いでいる麺を網の上にまとめ、
一杯目は大盛り、と独り言をいいながら・・・

ほほえみ繁盛記

まずは親子鍋に丼つゆを張り、
スライスした玉ねぎを散らして火にかける。
玉ねぎは少し煮込んでとろりとさせるのが夫のやり方だった。
鍋の準備をしながら、とんかつの揚げにかかる。
包丁で肉の筋を切り、小麦粉と卵をつける。
そのままパン粉の山の上に落として、
剥がれないようにぎゅっと押される。
パン粉に包まれたかつを熱した油にそっと落とすと、
ぱちぱちと軽い音が響いた。

ほほえみ繁盛記

大和は割り箸を割り、
右から二切れ目のかつを摘まみ上げた。
丼つゆを吸って少しくたりとした衣。
ほどよくついた白い脂身が見えると、
もう食欲を抑えることができなくなった。
半分ほど口に入れて前歯を立てる。
肉は少し固めだが、難なく噛み切ることができた。
衣に染みたつゆと肉汁がじゅわりと溢れて、
口いっぱいに甘じょっぱい味が広がる。

ほほえみ繁盛記

一口大にカットされたかつの断面は、ほのかなピンク色。
衣は角がきりっと立っていて、
見るからにさくさくしていそうだ。
かつの下に広がる玉ねぎ混じりの卵とじは、
油絵を思わせる魅惑的なマーブル模様を描いて、
お店の照明の下でつやつやと輝いている。
かつ、卵、白米。
すべての要素をスプーンの上に集めて、口へと運ぶ。
それらが舌の上でほどけると、
ああっとため息が漏れた。
甘じょっぱい、あの味。
丼つゆで煮ていないせいか、
かつの衣の食感が際立っている。
卵は普通の卵とじよりも緩い半熟でとろけるようで、
スライスではなくみじん切りにされた
玉ねぎの甘さもしっかり感じた。
肉を噛むと、奥からじゅわっと旨みたっぷりの
肉汁が溢れてくる。

ほほえみ繫盛記

フライパンにマスタードオイルとマスタードシードを入れ、火にかける。
油が温まってさらさらしてきたら、
数種類の「ホールスパイス」を時間差で投入する。
ホールスパイスとは、挽いて粉にする前のスパイスのことだ。
スパイスの香りの成分は油溶性のものが多いので、
食事に香りを移すためには、まず油に香りを溶け込ませる必要がある。
スパイスカレーをつくるときの最初の一歩は、
この「テンパリング」という工程だ。
テンパリングはスパイスをただ一緒くたに
油にいれればいいというわけではなく、
ポテンシャルが一番発揮される温度や時間の違いを
知らせなければならない。
マスタードシードは常温の油からゆっくり加熱。
クミンやコリアンダーは焦げやすく短時間で
香りが出るスパイスなので、
油を少し温めてから加える。
マスタードシードが少し弾け、
クミンからしゅわしゅわと泡のようなものが立ってきたら、
すりおろしたニンニクとショウガを投入し・・・

スパイスの沼

テーブルに並べられた平たいお皿には、
真ん中にダムのようにライスを盛って
スペースを分割している。
まz、片側には玉ねぎとトマトをベースにしたカレー。
小麦粉やルウを使っていないので、
ソースは比較的さらさらとしている。
具はごろっとした大きさのチキンで、
スパイスに漬け込んでグリルしたものだ。
もう片方には、ひき肉と野菜のイエローキーマカレーを
盛りつけて合い盛りにする。
ベースに使ったのは、スーパースイート種という
かなり甘みの強いトウモロコシのペーストと、帆立でとった出汁。
野菜は、杏南の発案でパプリカやズッキーニ、フライドオニオンなど、
食感の違うものを数種類、細かく刻んである。
子どもが食べやすいからという理由だ。
そこにスパイスやココナッツパウダーを合わせ、
甘みの奥にはっきりスパイスを感じられるように仕上げた。

スパイスの沼

やや太めで黄色みの強い真っすぐな麺は、
すすり心地がよくてもちもちとした食感。
刻みネギと小さな海苔、細いメンマがアクセント。
目を引くのは、大振りのチャーシューだ。
脂身が少ない部位なのに、しっとりしていてとても柔らかい。
でも、煮崩れる寸前のだしがらのような柔らかさではなく、
旨みと歯ごたえがしっかり残っている。
刻みにんにくや胡椒、辛みそといった
無料の”アメニティ”も充実。

オンリーワン・イズ・ナンバーワン

焼き上げたばかりのパンを摘まんだ父が、にやりと笑う。
酒種酵母を使った白パン。
柔らかくふわふわ食感で、真ん中にくびれのある丸形。
ちぎってみると、かすかに日本酒のような香りが漂う。
酒種とはつまり、米と麹だ。
麦と米という一見真逆の素材が合わさって一つのパンになるのは・・・

ハッピーバースデー・トゥー・ユー

照星の新作パンはどれもおいしかったが、
特に驚いたのはカレーパンだった。
照星の実家である『ぱんややん』もカレーパンが人気なのだそうだが、
そのDNAを受け継いだ『米星』のカレーパンは
正直言って、小麦のカレーパンより数段美味しい。
油で揚げるという調理法が米粉パンにはベストマッチで、
表面のカリカリ、ザクザクとした食感が
際立ち、中の生地のもちもち加減とのコントラストが最高だ。

ハッピーバースデー・トゥー・ユー


この本はおいしい描写もたくさんあるけど、
ストーリー自体が本当に良かった。
涙がとまらなかった。
料理もお話もいいなんて、贅沢な本だ・・・




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