かさぶたを剥がさなかった恋
これが「恋」ということなら、私はこれ以上に純粋な「恋」を知らないと思う。
私は随分前に、恋することから完全に離れた。
有名な小説の一節がある、
「しかし、しかし君、恋は罪悪ですよ、わかっていますか?」
人間と友人関係を築くにおいて、恋は邪魔な気持ちだと思っている節があって。
どんなに友人だとこちらは割り切っていても、相手がどう思ってるか分からないから。
好きだと告白をされて押し倒された、その瞬間に目の前の友人は「他人」になる。いや、人ですらなくて、オスメスの生き物レベルかもしれない。
ああ気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
下心に塗れたその掌は、この世で1番触れたくない穢らわしいもの。
何年経っても消えないあの時の性被害の傷を、抉ってくる。
見ないふりをしていた、深く残る傷を。
今でも、それは捨てられない。
かさぶたはふとした時に、何度でも剥がれてしまうから。
どんな男性と仲良くなっても、かさぶたをひっぺがしてきやがる。下半身に直結した、穢らわしい掌を持ってやがる。どの男も、みんなみんな、みんなだ。
だから私は、「純粋な女であること」そのものを捨てた。
幸い、そういった人々には"FtX"という名前がついているらしい。これは余談か。
大学生時代、あるバイト帰りの日。
私の就職が決まって、ラストの出勤。
とある後輩の男の子と帰り道が一緒だった。
寡黙な子だった。ポーカーフェイスな子だった。
何がきっかけだったかは、忘れてしまったけど、私は過去に受けたイジメやトラウマをポツポツと話していた。学生時代にいい思い出ねぇなあ。
どうせ彼の反応は読み取れないから、先回りして「こんな話しても面白くないよね、ごめんね」
と言うと
「そんな経験して、何でそんなにニコニコしてられるんですか」
と珍しく強い口調で言われた。
「普通、無理ですよ、俺だったら死にます」
笑ってしまった。
「死んじゃダメでしょ、これから色々楽しいことあるでしょ、」と笑いながら返した。
彼の足が止まった。
「じゃあ俺、素直に言いますけど」
「好きな人が、目の前にいるんです。好きです。ほんと、あの、それだけです。」
突然過ぎて何も言えなかった。
彼と私の距離は、手を伸ばしても届かないくらいの程よい距離。彼は言葉を言い終えたあと、全く動かなかった。
こんなに純粋に、言葉と気持ちだけをぶつけられた告白は初めて経験した。
どうして。私に彼氏がいることも貴方は分かっているのに。
付き合ってくださいや、やらせて下さい、じゃなくて、
好きだって伝えたかっただけの、告白を。
どうして。
現在、私は結婚して2年目になる。
その時付き合っていた彼氏は、夫となった。
告白してきた彼は、その日から連絡が取れなくなった。
本当に、私に気持ちを伝えるだけ伝えて、フラれるだけフラれていった。
実らないと分かっていても、何があったとしても、どうしても伝えたい気持ちを持つことが「恋」なんだろうか。
これが「恋」なんだとしたら、私はもう一生「恋」を知らずに生きていきそうだ。
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