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フィールドワークの考察

これまで私は、地図・GISを使った市民参加によるまちづくりなどを行ってきておりました。皆でまち歩きを行いながら、途中で気のついた景色、イベントについての写真とコメントを付けて整理し、それらを地図上に分類して表し、その意味を考えるというフィールドワークです。良く行ったのが、車いすを使ったバリフリーマップでバリアの場所を表示する、PTAの考える地域の安全安心と生徒の実感する安心安全を重ね合わせて表示させた地域安全安心マップ、住民と一緒に歩いて地域資源発見マップなどです。

最近、この手法の理論的根拠について、何から勉強したのか忘れてしまっていることに気が付き、改めて理論的根拠について調べ直すことにしました。、考えを深めるキッカケを与えてくれたのは、川喜多二郎「改版 発想法」でした。川喜多氏はKJ法を提案した方として知っていましたが、この本でその背景を知る事ができたのでした。さらにフールワークを改めて学ぼうと思い、佐藤郁哉「フィールドワーク増訂版」を読み、そこから文化人類学から見るフィールドワークの全体像を学びました。その中核の方法論としてエスノグラフィーがあることを知り、小田博志「エスノグラフィー入門」を読み、フィールドワークにおいて注意すべき事を整理することができました。そこで、私の取り組みとは逆にフィールドワークの考察として、最も重要なエスノグラフィーから紹介し、私が興味深く感じたことを中心に紹介させて頂きたいと思います。

1.エスノグラフィー(小田)
2.フィールドワーク(佐藤)
3.野外科学(川喜多)
4.フィールドワーク(まとめ)

エスノグラフィー(小田博志)

エスノグラフィーは、文化人類学の歴史の中で築かれた手法であり、まず初めに奥野克己「はじめての人類学」を参考に、その内容を紹介します。マリノフスキが20世紀の初めに、ニューギニアの長期のフィ-ルドワークを通じて、現地の人の様々な行動を詳細に記録し、ある民族(エスノ)に関して、体系的に分かるように書かれた記述(グラフィー)を表す言葉としてエスノグラフィーという言葉として描き出しました。「現地で暮らす人々が海を越えカヌーで航海したり、呪文をとなえたりする行動を事細かに記録し」「こうした現地の人々の様々な活動が合わさることで、社会全体が形作づくられているのだと唱え」、「彼の示した文化の見取り図は機能主義と呼ばれることになります」。
「機能主義の機能とは、機械や組織の中で、各パーツや部署が果たす働きのことです」。この考え方は、現在の私たちの暮らしの中で、「自分のやっていることが組織や社会全体の中でどのような意味を持ち、機能しているのかを」「客観的に捉える」という考え方は」、「自分の立ち位置、現在位置を認識するために重要な視点」を与えてくれます。

まず、エスノグラフィ-という言葉を「人びとが生きている現場を理解するための方法論」として定義します。そして、その特徴が紹介されますが、私が重要と思う3点に絞って説明します。
1番目の特徴は現場を内側から理解する点です。人々が生活したり、活動したり、仕事をしている現場に実際に入り、五感を総動員して、身をもって体験することです。そしてその体験で得た理解を伝えることです。
2番目の特徴は、現場で出会う具体的な事象をそのまま抜く出すのではなく、その事象の周りとの関係をも含め「細かくかつ広く」捉えます。文脈とは、他の物事との関係の中で捉えることを意味します。
3番目の特徴は、ある世界を内側から理解して、それを別の世界へと伝えることです。エスノグラファーの立つところは、自分の世界でもなく、他者の世界でもなく、その間にいることになり、そのことで互いを理解し、橋渡しを行うことができるようになります。例えば「あたりまえ」を相対化し、異なる社会の「あたりまえ」を繋ぐということが可能になります。
このようなことを行うためにエスノグラファーには「現場力」と「概念力」と呼ばれる能力を磨くことが求められます。現場力というのは現場の性質を理解した上で、現場を把握する力を表し、概念力は、物事を言葉で表し、その言葉の持つ意味を理解した上で概念として捉える力を表します。同じ言葉が異なる社会で違った意味で使われることを把握する力のことです。
この本では、このような現場力や概念力が現代社会の中の各方面で求められていることを強く指摘しています。私は、これまでの経験から、研究者だけでなく、地域の課題に直面している地方自治体職員こそ、このような見方、方法論をもっと知ってほしいと思います。

フィールドワーク(佐藤郁哉)

佐藤郁哉「フィールドワーク増訂版」は、フィールドワークを行う際の教科書とも呼べる本です。小田さんのエスノグラフィ-の本では、フィールドワークが野外観察として幅広く使われている現状から、あえてフィールドワークと区別してエスノグラフィーという言葉が使われていました。


佐藤さんの本のフィールドワークとは何かを読むと、現場の社会生活に密着し定性的調査方法として定着した手法と書かれており、エスノグラフィ-と同じ手法であることを感じます。また、フィールドワークの論理にも、同じ内容を感じます。
私が一番印象に残った点は、フィールドワークとサーベイデータの関係を整理して、互いに補う関係であることを解説した点です。フィールドワークの対象となる地域・対象者は、狭く・深く掘り下げていくため、エピソードは限られ、サンプル少ないために、そのデータが地域の代表なのかという批判を受けます。それに対して、アンケートや統計データはサンプル数も多く設定され、それを統計的手法により母集団の検定を行い、全体の特徴を捉えることができます。ここで注意する点として指摘されているのが、フィールドワークもサーベイにも両方存在するサンプルのバイアス(偏り)について注意を払う必要性です。
そこから先が重要で、フィールワークやサーベイには、目的があり、多くの場合、地域の課題解決のヒントを得るための仮説を設けることにあります。この点から考えると、サーベイデータは平均的な姿を把握するには効果的ですが、目的へのアプローチとしては弱く、そのためにフィールドワークのデータ(エスノグラフィー)が重要になりますし、この目的に活用し地域の課題解決に向けた仮説を設けることがフィールドワークデータには求められます。そして、仮説が設けられたら、再度サーベイを行い、その仮説が適用できる範囲を考えていくことになります。
 
 

野外科学(川喜多二郎)

生活を成立させる科学全体におけるフィールドワークの位置づけを与えてくれたのが、川喜多二郎「発想法 改版」でした。著者は人文地理学と文化人類学を学んだ後幅広く活躍され、ブレインストーミング後の整理法として広く知られたKJ法を確立した方です。

この本の題名である「発想法」は、一般的なアイデアを創り出す方法ではなく、ここで言う野外科学の必要性から生まれた言葉として用い、その背景を説明した本です。著者が最初に提起した問題は、現場から離れ、実験室と理論とで繰り返される科学の発達に対する危機感でした。著者による生活を支える科学は、現場に基づく野外科学と実験に基づく実験科学と理論に基づく書斎科学に整理して説明します。特に野外科学と実験科学とは密接に関連しているのに、野外科学が軽視されて実験される点を鋭く指摘されます。図で示されているように、現場では観察が重要な点であることは言うまでもないことですが、野外科学として求めれている点は、観察から得られた内容に基づき仮説を構築し、推論することまで、という点です。推論まで行けば、条件を整えて実験計画を作り、推論の検証に繋げることができると指摘します。著者は、現場科学と実験科学とが切り離されて捉えられていることに課題を見出します。観察データそれ自体に語らせ、どうまとめていくか、という願いからKJ法が生まれたと語られています。この観察から整理し、発想を生み、仮説に至る道筋がKJ法と呼ばれる手法の背景でした。
私は、これまで何となくワークショップを通して、得られたキーワードの整理手法としてKJ法を捉えていたことが、片手落ちだったことを再認識しました。仮説に至る道筋は、提起された問題に対し、現場の課題を整理し、その課題を論理的に過程を示しながら結論に至る道筋を、仮説の形で可視化することになります。この道筋を可視化することで、その道筋を実現させるための前提条件を考えることができ、その前提条件が明らかになることで、実験(リアルの実験や数値実験)に結びつけることができるようになることが判ります。また、質的調査法と実験で行われる量的調査法とを結びける方法とも考えられます。

フィールドワーク(まとめ)

これまで行われてきたフィールドワークを地域の問題解決に活かすためには、エスノグラフィーと呼ぶ質的調査方法から、現場の特徴を知り、一つひとつのエピソードを内側から観て、絶えず五感を働かせて記録し、その関係を考え、背景となる構造に目を向ける必要があるこを知りました。

さらに、質的調査方法で得られたデータだけではなく、アンケートや統計データといったサーベイデータが互いに補完する関係となることを認識し、組み合わせて課題の解決に向けた仮説を設けることが指摘されました。これは、木を見て森もみる方法だと考えることができます。質的調査法で得られたエピソードをどのように整理したら良いかについては、文化人類学で得られた、一つひとつのエピソードに基づき線展開し、面として整理する方法、エピソードが語られる文脈を捉える必要性を取り上げました。

最後に認識を新たにしたKJ法を挙げました。もちろん、単に言葉を整理するだけでなく、論理的仮説に導く方法としての重要性を認識しました。この論理的仮説の導き方については、政策立案で使われるロジックモデルの考え方が使えると感じ、入れてみました。

ロジックモデルについて少し解説します。ロジックモデルは、現状の課題から出発し、課題が解決された姿をゴールとし、その中間に起こる課題解決に向けた手順を入れてツリー型の図として作成するものです。重要な課題解決に向けた手順では、政策、費用、対象、流通、などを考慮して要素を入れていきます。このことにより、課題と解決との間の流れを仮説の形で可視化されます。そして、要素、要素の関係を試行錯誤しブラッシュアップすることができます。この仮説、過程、条件等は、川喜多の言う現場科学と実験科学を繋ぐものとなると思っています。

 

最後に、問題の解決に際して、「想定外」という言葉が出てきたら、是非フィールドワークを思い出し、仮説に導き出された理論の前提条件の見直しを考えて頂きたいと思います。

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