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『茜色に焼かれる』―人間の居場所ー

 

生きる理由

 誰しもが理不尽な出来事を前にして呆然とすることがある、と思います。また、「自分のことを一番知っているのは自分だ」と思いつつ、実は、「自分のことが自分は分かっていない」、そういうこともあると思います。

私たち人間は、整理をしたがると言うか、物事には何かの「意味があるはずだ」と思うものです。だから、説明が出来ないことを嫌うのだと思います。例えば、災害とか事故による突然死とかを嫌う。でも、そういうことは必ずあるし、何故かそういう目に遭ってしまう人がいます。

私たちは、「あの人は昔、悪いことをしていたに違いない。このことは、それに対する罰なんだ。」そう思ったりします。また、「前世にそういうことをしたに違いない」と強引に理由づけようとすることもあります。

生きる理由、死ぬ理由。私たちは、その理由が分からないとイライラします。だから、強引に理由付けをして整理するのでしょう。しかし、その理由付けは当たっているのでしょうか。いくら考えても、実際には理由が分からないことはあると思います。

不条理

「茜色」とは「夕焼け色」のことでしょう。もうじき暗闇が支配する夜が来る。しかし、今はまだ夜にはなっていない。だから生きる、生きていかなければいけない。生きる意味が分からなくても、逃げてはいけない。そんな感じがしました。

冒頭で、この世的には非常に高位だった(高級官僚?)が、軽いアルツハイマー病なんだろうか、自転車に乗って信号が青になったから道路を渡っている30歳位の男を、アクセルとブレーキを踏み間違えて轢いてしまう場面があります。それは7年前のことです。轢かれた男には、妻子がありました。

子(純平)は、その時は無論まだ小さいのです。しかし、男の妻(良子)は慰謝料を、加害者から一切受け取りませんでした。人間を上層と下層に区分することや、金で全てを解決するような態度(弁護士を含む)が、彼女には我慢が出来なかったのだと思います。

良子は、嘗てアングラ劇団の女優であったらしい。轢かれた男の職業は不明ですが、自宅にはやたらと本があります。彼は仲間とバンドを組み、ボーカリストとして「トップのトップ」を目指していたようです。また、ある時期は新興宗教(良い神様を探していた?)にはまっていたらしいのです。

そして、女癖が悪く、愛人に子どもまで産ませてもいます。彼が突如死んだ後、良子は愛人の子の養育費を払っているというのです。尋常では考えられません。彼女は、カフェをやっていたのに、コロナ禍で客が来なくなり潰れてしまったようです。

また、良子は、夫の父の面倒まで見ています。彼は今、高齢者施設に入っており、その費用も彼女が払っているのです。これも尋常では考えにくいことのような気がします。

良子はシングルマザーとして、昼はホームセンターの花屋で働き、夜は風俗店で働きつつ現金収入を得ています。そして、税金の援助を受ける公営住宅で暮らしています。何処でもそうですが、そこは様々なルールがあり、それに違反すると退去させられることになっています。

良子は、社会の様々なルールに縛られながら、自分はそのルールの中に納まる人間ではないことを、うっすら自覚している感じがします。だからこそ、ルールは守らねば自分は社会の中に居場所がなくなる。そう思っているような感じがします。彼女の口癖は「ま、頑張りましょ」というものです。

ある日、夫を轢き殺した老人が死に、良子が葬儀に出ようとすると、遺族の息子から「脅迫めいたことはやめてください。あなた、おかしいですよ。こっちには弁護士もついているんだから」と言われて、追い返されてしまいます。

来年は高校生になる純平は、良子に、「何故そんな奴の葬儀になんて行くのか。お父さんを殺した奴じゃないか」と詰問されると、良子は、「お父さんの葬儀とは桁違いの立派な葬儀だったわよ」と言うのでした。同じ人間として生まれて、こうも違うことになる。その理由が分からない。そういう気持ちが彼女にはあるのだと思います。

純平は、父が死んだ事故のことや母親の夜の仕事を何故か知っている同級生の苛めを受け始めています。彼らの言葉で言えば、「母親が売春をしながら、税金の補助を受ける住宅に住むことはいけないんじゃないの~」と、なります。

純平は母親にはそのことを内緒にしていますが、良子は苛めがあることを知り、担任の教師を詰問します。でも、体制側の人間である若い教師からは、面倒な親扱いされだけです。

それが社会だと思います。皆、自己保身で汲々とし、自分の立場を守るためのルールを作っているのだと思います。

しかし、純平の学業成績はトップクラスで、ある時、良子は担任の教師に呼び出されて、そのことを告げられました。そして、純平が父の口癖であった「トップのトップを目指す」と言っていると聞かされるのです。その言葉は、年に一回父の記念会を居酒屋でしてくれる仲間の口にのぼっていた父親の言葉でした。でも、彼らの一人は、良子を経済的に助ける振りをしつつ肉体関係を迫る男なのです。

時折、純平はベランダや屋外の芝の上で父親の本を開いて風や陽に充てます。そうする中で、父親の愛人の名前を知ることにもなります。結局、苛めっ子たちがベランダに干してあった本に火をつけたことが、周辺住民に迷惑をかけたということで、彼らはこの住宅を終われることになる。それもルールなのです。

 良子は、ホームセンターの花屋で働いていましたが、取引先の若い娘を雇うことを強制された上司から様々なパワハラを受け(そこでもルールが多用されます)、結局辞めさせられます。

生きていく理由

 風俗店にいる若い女性であるレイは、幼い時から糖尿病でインシュリンを腹に打っています。そして、8歳の時から父親にレイプされて来たと言うのです。その彼女が、風俗店で家計簿をつけている良子の姿を見て、家計簿を覗くのです。

シングマザーとして子育てをするだけだって大変なのに、夫の父親の費用を出し、夫の愛人の子どもの養育費もだしていれば赤字になることは当たり前です。貯蓄で補うことも限界だろうと思います。

レイはその現実を見て、「みんな悲惨な現実からは逃げているよ。良子さんみたいに立ち向かう必要なんてないじゃない」と言うのです。

風俗店の店長は、たまたま二人のやり取りを聞いて、「そこまで踏んだり蹴ったりされながら、まだ生きていく理由を探すのはどうしてだ」と言うのです。良子はしばらく考えて、「生きていく理由が分からなくたって良いじゃない。分かったから生きるのではなく、分からなくても生きていく。それだって良いじゃない」と、言うのです。

彼女は、風俗店の店長がスプレーでゴキブリを殺そうとすることに、異様に抗議します。自分が虫けらみたいに扱われることを断固として拒否するように。

レイは暴力的な男と暮らしており、自分が妊娠したことを男に告げると、「誰の子かも分からない子は直ぐにおらせ」と言われます。その際、レイは子宮頸癌におかされていることも医者に知らされます。そのことを男に告げると、猛烈に殴られた。普段は優しい人なのに・・・・と良子に言ったそうです。(純平との絡みもありますが、それは省略します。)

 遊び?

ある時、良子が雨宿りをしている所に、中学卒業以来会ったことがない男が雨を避けて駆け込んできます。彼は離婚してしまったそうです。

デート重ねるうちに、良子は彼に惹かれていき、誘われるままにホテルに行きました。彼女としては結婚するつもりだったのです。だから、肉体関係を持つ直前に、「言っておかねばならぬことがある。わたし実は風俗で働いていました」と告白したのです。

その時、彼は、「僕には妻も子もいるし、こんなのはお互い遊びのつもりでやっていることでしょ?真剣になられても困るよ。風俗で働いていたのなら、上手いんでしょう。やってよ」と言ったのです。

次の場面、良子は手拭いでまいた包丁をカバンに入れて出かけました。自分は離婚していると嘘をつき、肉体関係を求めてきた男を神社の境内みたいなところに電話で呼び出したのです。純平は、良子の雰囲気が普通じゃないと感じていました。そこで彼は、良子を尾行して、風俗店に居場所を電話で知らせました。

男は「もう連絡はないと思っていたよ」と言いつつ、良子に近寄って来ました。良子はいきなりカバンの中ら包丁を取り出し、「あなた、わたしをなめていたんでしょ。コケにしていたんでしょ」と言って切りつけようとするのです。

当然、男は逃げます。純平は良子の包丁を取り上げてから、階段を下って逃げようとする男を手すり使って蹴り倒します。

折よく風俗店店長の男とレイが来ました。ゴタゴタを見に集まって来た人々に、男の首根っこを掴んで階段を下りて生きながら、店長「俺はヤクザだし、この男もヤクザだ」と言ってその場を治めます。そして、レイが「あんた、この人をなめていたんでしょう」と繰り返し絶叫しながら、腹に何度も蹴りをいれました。

でも。そのレイはビルの上から落ちて死んでしまいます。葬儀には、いかにも人が好さそうな父親がきていました。そして、良子は、嘗て働いていた店で、廃棄処分になる花を上司の目の前でとって来て、棺桶に入れたのです。

その時、レイの父親は、「この子は幼い頃からっ病気があったのですが、あなたのような友人もできて幸せだったと思います」と言いました。レイを、8歳の時からレイプしてきた父親がです。

8歳の時から、自分の娘をレイプするという父親がいる。そのような性的暴力を長年受け続けてきた子は、自暴自棄となり、「生きる理由を見つける」ことができなくなる。そして、「逃げるため」に、表面的な優しさにすがる他になくなると思います。

レイがビルの屋上から落ちたことは事故だということになったようですが、葬式の場に来ていた風俗店の店長は、良子に紙幣が入った分厚い封筒を渡します。これは、レイが死ぬ日に良子に「渡してくれ」と店長に頼んだそうです。

店長は良子に「レイは自殺したんだ。彼女は、これからも生き続ける意味を見つけられなかったんだろう」と、言いました。

良子を遊び道具にした男を包丁で刺そうとした良子の行動は、明らかに殺人未遂事件です。それを内密なことにするために、ヤクザを名乗った店長が依頼した弁護士は、なんと良子の夫を轢き殺した老人側の弁護士でした。

そして、彼女は義父が入所している施設でヒョウに扮して独り芝居をします。店長がその模様を焦りつつビデオに撮り、純平も黒幕から顔だけを出して見るのです。鬼気迫る良子、理解できない良子がそこにいます。

良子は、独り芝居の中で、死んだ夫にこんなことを言う。「あんたは女癖も悪く、どうしようもない男だ。でも、私はあんたを愛してしまった。今も愛しているんだ・・・。それの何が悪い。」

その様は、純平でなくとも訳が分からないものです。しかし、何でもかんでも説明できるわけがないし、人間とか、愛とか、社会とか、説明出来ない不条理なことが多いのではないかと思う。

そして、純平を自転車の後ろに乗せて茜色に染まる夕方、頑張ってペダルをこぐのです。

人生とか社会とか、とにかく説明のつかないことは多く、不平等、不公平なことは沢山ある。親から性暴力を受け、自己の存在を否定しなければならない人もいる。かと思えば、親から愛され、自分の夢に向かって邁進する人もいる。

何が「良い」ことなのか、何が「純粋」なことなのか、何が「平和」をもたらすものなのか、私たちは分かってはいないのだろうと思います。

怒り?

「風俗に落ちる」という言い方があります。当面の現金収入がどうしても必要で、性を道具に使わざるを得ないシングルマザーもいるでしょう。そういう風俗店に来る男たちは、性的快楽を金で買いつつ風俗嬢を侮蔑している。

もちろん、彼らもまた、この社会で理不尽な目にあってもいるのだろう。だから良子を軽蔑しながら、彼女に「ま、頑張りましょ」と言われてしまうのかもしれません。しかし、同じ目に遭えば誰もが風俗嬢になる訳ではないし、誰もが風俗店に行くわけでもないでしょう。

しかし、「風俗に落ちる」という言い方は、風俗を最低の職業として国家が認めることに繋がらないかとして、「風俗に巻き込まれる」という人もいる。社会的に弱い立場の人が、目先の現金欲しさに風俗嬢になり、搾取される。そういう構造を男社会は作り出しているというのです。

両方とも当たっているような気がして、困ったものだと自分でも思います。

私たち人間は、自分など生きる意味はない、と思ってしまう時、「逃げる」か「死ぬ」かしかない。そんな気がします。

そして、自分でも訳も分からず、困った人間を愛してしまった時、落ちるだけ落ちても何とかして生きる意味を見つけようとして生きる。そういう生もあるような気がします。

今はまだ夜ではない。茜色に燃やされながら、生きる意味は今分からなくても生きていく。多分、良子はそういう思いなのだと思います。風俗にまで落ちたのか、風俗に巻き込まれたのか、自分でも分らない。

しかし、自分を虫けらのように扱う人間社会のルールに抗いつつ、精一杯に生きる。それが今の自分に与えられたことだと、良子は思っているのかもしれません。

私たちは何故生きている?何にために生きている?考えさせられます。

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