ワンキンス転職記~弊社編~

 オイ・ワンキンス・エビルメイ・サミティ。
 私の名である。

 私の人生はいつも右の頬をビンタされた後、左の頬へ湿布を貼られるような人生である。つまり幸福と不幸のバランス感覚が少しズレている。
 例えば彼女が出来るとその一週間後には家を追い出されてカカトの骨を折ってネットカフェ暮らし、杖を突きながら一時間ほど歩いてハローワークへ通うような生活になるわけだ。
 ビンタが痛すぎる。

 では、運よく見つけた良い感じの求人に応募して面接に行ったらその場で採用され、住居も社宅を使っていいと言われ、その5日後に憧れ新生活ひとり暮らしが始まったらどんなビンタが飛んでくるか。

 私の右顎を奇麗に打ち抜いたのは悪魔的契約、毒沼のような人間関係、そして牛転がしであった。


 県内でも有数の大牧場、設備が整っていて経営も安定している。さぞかし素晴らしい職場なのだろうと胸躍らせたのが5月。

 私は世間知らずだったのだ。実家の過酷な労働環境に慣れて一般的な感覚が育っていなかったとも言える。

 家賃光熱費タダで良いからさ、夜に一回牧場の見回りしてよ。

 面接で提示された追加のお仕事は正直魅力的だった。
 貯蓄が殆ど底を尽き、車を買うことも出来ず、足が折れている。とにかく金が必要だったのである。

 愚かな私は二つ返事で了承し、この悪魔的契約に縛られることになる。この契約が本気を出すのはもう少し後のおはなし。
 



 翌6月、
「ワンキンスくん、とんでもねぇトコに来ちゃったなぁ!」
先輩の一人にそう言われた。

 こんな挨拶をシャバで聞くとは思わなかった。完全に刑務所の先輩が言うヤツである。しかも普通の刑務所ではない、とんでもねぇ刑務所だ。
 立派な大牧場で勉強しながら充実労働、ハッピーライフの蜃気楼は梅雨の暗雲に塗りつぶされた。

 その先輩は面接の時点で唯一説明された従業員、つまるところ要注意人物だった。
「ちょっとやんちゃな人がひとり居てさ… ワンキンス君、貴重品はしっかり管理してね」
 こんな説明である。おおよそ察しはつく。

 正直そこまで気にならかなった。
 私は私に危害を加えない限りどんな人間だろうと拒みはしない。
 翌7月。職場に置いていた私物のペンチが消えた。


 職場の人間に関する情報を数百円で買ったと思えば十分安い。実際これはワンキンスが仕掛けた狡猾な罠だったのだ。
 安くて便利な工具、ペンチやプラスドライバーの類を無防備に牛舎へ設置して様子を見ていたのである。という設定を作って自分の心を守った。

 現行犯ではないため件の先輩が下手人とは言い切れない。それに私が失くしただけという可能性も十分にある。ヤバい人が居るのか私がポンコツなのか、どちらへ転んでも気落ちする出来事が発生して存分に気落ちしている私の前に弊社の四天王が続々と現れた。

 イカれたメンバーを紹介するぜ!

 まずは出勤マッハ先輩!
 1時間早く出勤して1時間早く仕事を終わらせるモノノフだ。余った一時間で何をしてるかは謎だぞ! 何よりヤバいのは一時間早くなったスケジュールに他人を付き合わせる点。
 そのスピードに追い付けなかった従業員は目にも留まらぬ速度で嫌味をぶつけられ、精神を破壊される。実際に精神を破壊された従業員が何名か辞職したらしい。

 次は自営農家先輩!
 自分が担当する牛舎の作業以外には殆ど加わらないSAMURAIだ。例えるならパンの棚だけ管理するコンビニバイト。牛舎を半ば私物化し、自分のやりたい仕事を主にしているため自営農家、或いは自由人ボヘミアンと呼ばれている。
 彼が管理する聖域を荒らした従業員は罪の数だけ嫌味をぶつけられ、精神を破壊される。実際に精神を破壊された従業員が退職届に名指しで悪行を書き連ね、告発を試みたらしい。

 最後は部下の部下の上司!
 とにかく古株の部下に頭が上がらない。見ていて笑みがこぼれるほど古株に弱い。家族を人質に取られているのだろうか。
 しかし新人へは容赦なくキツイ仕事を与え、入社一年以内の従業員はもれなく精神を破壊される。実際に精神を破壊された従業員の一人が「ワンキンスくん辞める時おしえて、一緒に辞めるわ」と言っていた。


 これに先述の要注意先輩を加えて四天王と呼んでいる。
 そしてタチの悪いことに彼らの人間関係はどうしようもなく腐っており、既に人間が住める環境ではない。

 彼らの人間関係に神経を冒されつつ、悪魔的契約により生じた夜間巡回で睡眠サイクルが崩壊。

 そして、牛転がしが始まる―――


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