フルメタルという単語が持つポテンシャルについて

 フルメタルジャケットという映画がある。万人に勧められる映画ではないがFPSをやっている諸兄姉におかれましては中々刺さる映画だろう。物語は海兵隊訓練所から始まり、過酷な訓練を経て戦場へ至る。
 「時計仕掛けのオレンジ(原作:アンソニーバージェス)」や「シャイニング(原作:スティーブンキング)」などの傑作を手掛けた名監督スタンリーキューブリック氏の監督作品であり、ひたすらに兵士の苦しみと血泥にまみれた戦争を描いた傑作である。

 題名であるフルメタルジャケットというのは被覆鋼弾、つまり一般によく見られる褐色の光沢をもった弾丸のことだ。
 手短に説明したが、これから全然関係のない話をする。

 
 フルメタルという言葉が持つ可能性について。
 そもそも「フルメタル」というのは「ジャケット」と併せて使うのが一般的である。しかしその優しい英単語二つという組み合わせにより日本人が一発でなんとなく理解できるという特性を持つ。
 例えば、フルメタルご飯。
 鈍色に光る毒々しいご飯が思い浮かんだことだろう。
 このようにフルメタルという単語一つで何事もフルメタルにすることが出来るのだ。何より語感が良い。

「昨日何食った?」
「フルメタルご飯」

 こんな会話をしてみたいものだ。
 フルメタルという重厚さにご飯という柔らかさが加わることで矛盾が生じているものの、どこか庶民的な雰囲気がそれらを優しく内包している。

 メタル、つまり金属というのは実になじみ深いものだ。ゆえにフルメタルという単語を加えることで「金属製の」という意味以外に実用性や鉄臭さ、庶民的といったイメージさえ加えることが出来る。
 例えばフルメタル官房長官は絶対たたき上げの政治家だし、厳格ながら市井に寄り添った政策を取るだろう。何より語感が良い。
 オペラ座のフルメタル怪人、これはオペラの持つどこか高尚なイメージを徹底的に破壊したB級映画だと予想できる。

 だが映画のタイトルにフルメタルを加える場合、注意しなければならないことが一つある。それはどう足掻いてもB級映画になるということだ。
 これは伝説のZ級映画「メタルマン」の影響が大きいだろう。
 メタルマン、それはインターネット下層部にて絶大な人気を誇るクソ映画であり、アイアンマンのパチモンである。もはや辞書でメタルを引けばB級の、B級以下の、という意味が出てきそうなほどメタルの印象は民衆になじんでいる。

 そもそもメタル、金属という色々一緒くたにした言葉は様々な人間を包括する人間社会と親和性が高く、非常に汎用性が高い。それゆえ清濁併せ吞めばほんのり濁るように、メタルが高貴になることは無い。
 ハリーポッターとフルメタルの囚人がいい例だ。アズカバンがそもそも刑務所なので最初から高貴ではないのだが、ハリーポッターシリーズが持つ魔法と神秘の世界をインダストリアルな排気ガスが見事に置換している。フルメタルの囚人はホウキではなく燃料で空を飛ぶ、多分サイボーグかフルメタル重装歩兵だろう。

 

 しかしながらフルメタル要素が一切無い言葉に付け加えることで更に魅力を増す例もある。
 フルメタル五枚胴具足などがそうだ。本来であれば黒漆で塗られた甲冑、黒漆五枚胴具足が近代化されて軍用配備されたような雰囲気さえ感じる。恐らくこれを着用する伊達政宗公は燭台切光忠ではなく高周波ブレードを腰に差していることだろう。
 
 荒涼とした工業地帯を夜襲するサムライの群れ。その陣頭にて鈍く輝くはフルメタル五枚胴具足、伊達政宗だ。
 
 まるで核戦争が始まりそうな気配さえ漂うではないか。実に奥ゆかしいスチームパンク・ニッポン。ご存じの通り、和と工業は親和性が高い。重金属酸性雨が降り注ぐネオサイタマを舞台にした近代ニンジャ活劇、ニンジャスレイヤーが世界で愛されているのも頷ける。

 和との親和性に着目すると自ずからハイクの三文字が浮かんでくることだろう。
 その通り、フルメタルは5文字だ。つまり俳句や川柳を吟じるのに適している。

 著名な句を一部フルメタルで補完することにより人体に必要な工業的栄養素を簡単に摂取することができるのだ。

 かの俳聖松尾芭蕉が詠んだ句を例に使わせていただくと

 五月雨を 集めて速し フルメタル

 といった具合だ。
 曇天の下、冷たい雨を滴らせながら市街戦を加速させる武装集団が脳裏に浮かぶ。実に殺伐とした句だ。
 もうひとつ、芭蕉の句ではないが例を挙げる。

 松島や ああフルメタル 松島や

 何たることか、一瞬にして松島が純鉄の牙城、フルメタル松島に成り代わったではないか。きっとこのフルメタル松島は室蘭の工場夜景じみて輝く不夜城なのだろう。星雲のような投光器が無数の鉄骨を照らし出す絶景を詠んだ句に違いない。


 さて、諸兄姉にもフルメタルの汎用性と魅力、何より語感の良さが伝わっただろうか。
 フルメタル適正がある言葉は日常にもあふれている。是非このフルメタル構文を使って脳内にスチームパンクな世界を思い描いていただきたい。

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