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って帖

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「 」って言われたこと書き留め手帖
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#創作大賞2024

頁13「なんですか、それ」

勝手にしてきた失恋はいくらでもある。 じぶん勝手に好感を抱き、なにかのタイミングであっという間に打ち砕かれる。 寄せては返す波のように、失恋をしてきた(しすぎ)。 いつも絶妙においしい差し入れをしてくれる大きなひとがいた。 「僕もうこれじゃないとダメで」と、聞いたこともないヨーロッパのチョコレートの詰め合わせだったり。じぶんではきっと一生買わなかったろうなという、渋い黒糖かりんとうドーナツ棒(?)みたいなものだったり。 そしてあるときに、「コート忘れましたっ」と戻ってきて

頁12「パサパサしててほしかった」

その人への好感のはじまりはどの時だったのかと思い返してみると、「コレもらっていいんですか?」と温泉施設のクーポンを手にとても嬉しそうに笑顔を見せてくれたときだったかと思う。 どうぞどうぞ、と受付に座っていた私もつられて笑みがこぼれた。 「やった、楽しみができた」 そう言いながら大事そうにそのクーポンを折りたたんで、その人はかばんにしまった。 温泉、好きなんだ。良かったね。 いま、仕事がたぶん、たいへんなんだろうね。 落ち着いてはやく、ゆっくりできるといいね。 そうほっ

頁10「グッジョブです」

なんとなくミーアキャットに似ている人が異動してきた。ひと月ほど前くらいだろうか。 群れでいるミーアキャットではなく、ひとりはぐれてもひょうひょうとキョロキョロしているようなタイプのミーアキャットだ。いや、人だ。 私の視界に届く電子レンジでその人がお弁当を温めるのを4〜5回は見たタイミングで話し掛けた。 一度目は、まさかじぶんが話し掛けられているとは思わないようで流された。 なのでもう一度はっきりと彼の名前を呼んだ。 するとようやく、ミーアキャットのようにキョトンとした顔で

頁1 「これくらいが好きっすよ」

賞味期限を2日過ぎた阿闍梨餅を「俺、これくらいが好きっすよ」と言って、気にも留めずにかぶりついた同僚に、なにかを掬われた。 「これくらいが好き」だなんて、調子がいい(笑)。 誰かのお土産の、残り物の半生菓子・阿闍梨餅。 賞味期限を2日も過ぎれば、あのみずみずしいモチモチさは失われてしまっているだろうことは想像に難くない。“半生”菓子からシンプルに菓子になっているやもしれない。 阿闍梨餅好きの私も一緒に食べてみたけれど、やっぱり惜しい食感だった。 それを、誰かのお土産がい