2024.4.29

夜更かしを続けて昼夜逆転生活になったので無理して起き続けることで夜に寝る生活へ戻すという荒業を行うことにした。19時くらいか、意識の糸がぷつりと切れ机に下唇をぶつけ口の内側から血が出てしまった。俺はとても嬉しかった。忘れていたあの頃の日常を思い出すきっかけになったからだ。

俺は元来、興味のない科目では百発百中寝てしまう生徒だった。授業中に何度も机に頭をぶつけ定期的にガンと大きな音を鳴らす、人間楽器に志願せずともなっていた。時には、俺の奏でる音色に合わせて後ろの席のやつが指揮棒を振るような仕草をしていたこともあったらしい。

ぶつけていたのは前頭部だけじゃない。中高生は関心意欲態度が下がれば、内申点を低くつけられ志望校にいけないケースがある。だからどんなに眠くても前だけは向くと決めていた。そのせいで逆に首が折れ曲がり、後頭部を後ろの席のやつのつむじにぶつけることがあったのだ。ぶつけられたやつは俺の頭に押される形で、机に頭を打ち付け俺たちはドン!ガン!と小気味よいテンポで音を奏でていた。俺たちがぶつかり合うのを予期していたのか、さらに後ろの席のやつがあらかじめ立ち上がっており、2つのでかい音が聞こえると同時に、鼓笛隊のようにひとりで行進をして教室を出ていくこともあった。

教室の最後列の時は後頭部をぶつけることはなかったが、後ろに首が折れ曲がることで重心がズレよく椅子から転げ落ちていた。大きな物音が聞こえ何事かと振り返るクラスメイト全員の視線が俺に向けられた時は赤面に加え、嘔吐を幾ばくか。

中学3年、15歳の時だった。最後列でいつものように首が折れ曲がり後ろにのけ反った際、ロッカーに頭がすっぽりとハマった。俺がロッカーの内側の頭上の裏張りに「2005.3.6 090-○○○○-△△△△」と書かれていることに気づいたのはその時だった。なんとなくメモしてみたが、電話をかける度胸はなかった。すぎていく日々のなかでいつのまにかそのメモは、俺の手元からなくなっていた。気にすることはまったくなかった。

中3の3月上旬。机の中に雑に入れられたプリントを取り出していた時、例のメモが見つかった。卒業前で気持ちが浮かれ妙に自信がついていたのか、駅中の公衆電話からその番号に電話をかけた。出てきたのは男だった。

しかし事の経緯を話している間に、電話口から男の気配がなくなる。次に出たのは女性だった。彼女の話を聞く前は当時の生徒がいたずらでああいったものを書いたのだと思っていたが、その予想は外れる。教師だった。その女性は8年前に教師をやめたらしい。

彼女は話す。教師を辞める際、最後に大人げないことをしたくて学生じみたことをやったのだと。それから彼女は今の中学校のことについていくつか俺に尋ねてきた。あの先生はまだいるの?美術室の壁にでかい絵は飾られたままなの?

そんなことはどうでもよい。俺は気が気でいられなかった。受話器の奥からずっと嫌な音が聞こえている。15の俺には耐えられないほどの、肉と肉がぶつかり合う音だった。女性は当時の思い出を嬉しそうに語る。しかし、その間に挟まれる生々しい吐息が俺の耳に何度も突き刺さった。苛立ちと恐怖に心を締め付けられ、逃げ場のない気持ちが俺のなかで溢れ出す。もう無理だと思い、女性が話している途中で、俺は受話器を投げつけるように戻した。周囲の音が耳に流れ込みだした。それを無視するように頭のなかで繰り返される女性の吐息。鼓膜は覚えていた。カップルは幸せそうな笑い声で駅の空白を埋め、旅行に向かう家族連れの談笑と引きずられたキャリーケースの騒音が黄色いノイズを作り上げる。つんざくような幸せの音が鳴り響く駅の喧騒の中で、ただひとり下を向いて泣いている少年がいた。不本意ながら、俺だった。そんな感じで、長い妄想が一段落ついたので俺は寝ました。

 
 
 

銭ズラ