健康診断のやりっぱなしはコスパが悪い(会社的に)

健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針という指針があります。この指針、産業医であれば(あるいは事業場で健康診断に関わる人事労務担当者であれば)目を通しておくと間違いない実務で役立つ指針の一つだと思っています。

自分の役にもたつので図解してみます。尚、ここの解説は古くなっている可能性もあるので、実際に実務で利用する場合は、必ず最新の指針を確認してください。

本記事の対象者は未経験の産業保健職や、企業で健康診断の実務を担当している方を想定しています。

原文のリンク先:K170417K0020.pdf (mhlw.go.jp)

指針の構造


1 趣旨
2 就業上の措置の決定・実施の手順と留意事項
(1)健康診断の実施
(2)二次健康診断の受診勧奨等
(3)健康診断の結果についての医師等からの意見の聴取
(4)就業上の措置の決定等
(5)その他の留意事項
3 派遣労働者に対する健康診断に係る留意事項
(1)健康診断の実施
(2)医師に対する情報の提供
(3)就業上の措置の決定等
(4)不利益な取扱いの禁止
(5)特殊健康診断の結果の保存及び通知
(6)健康情報の保護


構造を抜き出すだけで心が折れそうになるくらい長いです。この記事では、2の就業上の措置の決定と実施の手順を主に図解していってみます。

まずは、2の全体像は次の図のようになります


(1)で健康診断の実施、(2)でその実施結果から二次健康診断の受診勧奨について記載されています。ここまではそんなに問題ないと思いますが、ややこしいのが(3)の「医師からの意見の聴取」と(4)の就業上の措置の決定です。

やりっぱなしの健康診断は会社にとってのコスパが最悪

大事なことなので強調しますが、やりっぱなしの健康診断はやらないよりはましですが、会社にとってのメリットがほぼゼロなので費用対効果が最悪です。

(注:健康診断そのもののメリットは受診された方にはある可能性もありますが、この記事は会社のメリットについて主に書いているため、上記の表現になりました。健康診断(や人間ドック)そのものの有用性については議論が必要な領域だと考えています。)

健康診断を実施しているから労基がきても大丈夫だと思っていませんか?健康診断結果に対して、医師からの意見聴取就業上の措置を行っていない場合、是正勧告の対象になります。法的に問題があるだけでなく、「業務命令を通じて労働者の心身の健康を害してはならない」(難しくは、安全配慮義務といいます)という義務が会社には課せられています。

会社は健康診断の結果を把握できる立場です。把握できているのに、その結果を無視して従業員を働かせて事故が起きたら、責任をとわれてしまうという形です。

この責任、事業継続を危うくさせるリスクを伴う問題であると認識して対応いただくのがよいように思います。

どうすればやりっぱなしにならない?

やりっぱなしにしないためにはどうすればよいか?それが、この指針が実務で役に立つと記載した理由になります。

2 就業上の措置の決定・実施の手順と留意事項
(3)健康診断の結果についての医師等からの意見の聴取
(4)就業上の措置の決定等

この二つが、やりっぱなしにしないための方法が記載されている箇所です。簡単に言えば、健康診断の実施後に、その結果で働かせてもよいか医師から意見を取得(3)して、その意見をもとに就業上の措置を決定(4)してください。という内容です。

2(3) 医師からの意見の聴取

この部分、下のようにまとめることができます。

簡単にまとめると、健康診断で何かしら異常の所見がついた従業員について、医師から働かせて良いかの意見を確認しましょうというものです。嘱託産業医が定期的に訪問している会社であれば、健康診断の結果を見せて意見の聴取をしているはずです。産業医がいない50人未満の小規模事業所であれば、地域産業保健センターを利用すれば無料で対応してくれるはずなので利用しましょう。

この「意見を聴く」についてですが、ちょっと想像していただきたいのですが、健康診断の結果のみで就業区分の判定を行えるでしょうか?できるという先生もいらっしゃるかもしれませんが、私がするのであればもう少し情報が欲しいと思います。

例えが適切かはあやしいですが、車を購入するアドバイスを受ける場合に、何もこちらの状況を聞かずに、スポーツカーを勧められたら、それが適切なアドバイスと言えるでしょうか?実は農作業に使いたくて、軽トラの購入が妥当なアドバイスなのかもしれません。

車の購入の場合、どんな環境で、どんな用途で利用するかでアドバイスの内容は大きく変わることはしっくりくると思います。

健康診断についての就業判定も同様で、その従業員一人一人が、どのような環境で、どのような業務をしているかの情報を知ることはかなり大切です。そのため、指針の2(3)ロで、医師にたいして適切な情報提供を行うことが求められているのです。

あとは、どのような意見を医師からもとめるかですが、指針には「例」とあるので、指針の2(3)ハを参考にしつつ皆さんの事業場毎で作りこんでいただければと思います。

(尚、個人的にですが、就業判定を行う場合に通常勤務可と就業制限の間に「保留」という区分を設けてフォローアップを行うような運用体制をとっている事業場もあります。)

2(4)就業上の措置の決定等

医師の意見が確認できたらあとはそれに伴う措置の決定を行うステップです。ここで、御認識いただきたいのが、医師の意見≠就業判定ということです。

安全配慮義務をはじめとする、安全衛生法の条文の主語の多くが「事業主」となっています。事業主、経営者が会社の重要な事項の決定をするのは当たり前で、それは健康診断の事後措置といえど例外ではありません。

たとえ産業医が就業禁止と意見を述べた場合でも、「その労働者が仕事をしないと会社がつぶれる」という判断の下、就業させるという判断もありえます。(一人に全部依存しているのは別の意味で事業継続上の問題になる気もしますが、理屈としては上の通りで)

指針の2(4)には、そういった、産業医の意見をうけての意思決定方法についての記載があります。簡単にまとめると次のようになっています。


イ 労働者からの意見の聴取等
・当該労働者の意見を聴き、十分な話合いを通じて了解が得られるよう努める
・産業医の選任義務のある事業場においては、必要があれば産業医の同席の下に労働者の意見を聴く

ロ 衛生委員会等への医師等の意見の報告等
・必要に応じ、健康診断の結果に係る医師等の意見を衛生委員会や労働時間等設定改善委員会に報告する
・その場合は労働者の特定に繋がらないようにプライバシーに配慮すること
・次の場合は衛生委員会で調査審議する(就業上の措置が作業環境測定、施設や設備に関わる事項、作業に関わる事項の場合)

ハ 就業上の措置の実施に当たっての留意事項
(イ)関係者間の連携等
(ロ)健康診断結果を理由とした不利益な取扱いの防止


指針自体はかなり長く記載されていますが、要約すると、
 →就業制限の対象等になる労働者からも十分に話を聞いてね
 →衛生委員会等でちゃんと就業措置について報告してね
 →制限などがあることで不利益が生じないようにしてね
という内容です。

ここでは、あまり細かく解説はしませんので、ご興味がある方は原文を確認ください。

おわりに

健康診断を新たにはじめたり、事後措置を行えていない場合はこの指針をぜひ参考にして会社の事後措置制度をつくりあげてください。なんの意味があるの?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、事後措置を適切に行うことで重大な事故の予防が可能となったり、避けられない事故が生じてしまった場合でも会社の健康面でやることはちゃんとやっていたと主張できるようになるはずです。

産業医としてこれまでたくさんの会社と関わってきましたが、毎年確実に事後措置を行い、二次健康診断の勧奨を行いという地道な活動をつづけていくことで、集団としての健康状態が明らかに良くなるという成果を実感します。

健康診断結果の放置は、従業員本人にとってだけでなく、その周りで働く従業員、会社のためにもなることと思いますので、ぜひ取り組んでみてください。

スライド

Google Drive上にスライドを公開しています。内容の誤り等があればつっこんでください。
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