海外赴任者の産業保健のあれこれ

海外赴任中の方の過労自殺が疑われるというニュースを見て、海外赴任者の産業保健をどう考え、取り組むか?について思ったことを書いていきます。

産業衛生学会の研究会にちょこっと出入りしていた+実務で体制構築に関わったくらいなので、何か「もっと良いやり方ある」「ここは間違っている」などありましたら突っ込みいただけると嬉しいです。尚、自分自身が帯同家族として外国で育った経験があり、社員側への思い入れが強いバイアスが生じている可能性があることを先にお断りしておきます。

対象

・海外赴任者が一定程度以上いる、比較的規模が大きめな会社
・専属産業医レベル?

取り組む必要があるか?

 結構苦労するのがそもそも取り組む必要があるか?というところです。

 一般的には産業保健は、法律に規定されていること以上はやらなくて良いとなりがちです。そのため、偉い人を説得したり、担当者レベルをモチベートするための理屈はいくつか持っておいた方がよいでしょう。(法律では赴任時と帰任時の健康診断くらいしか直接の言及は有りません)

 すでに事故(健康問題でトラブルが起きて、数千万円の費用が発生した。海外で死亡事故が起こった など)が起きてしまっている場合は、こちらが促すまでもなく、制度の構築について相談が来るケースもあるかもしれません。

取り組む理由

理由1 任務継続性の観点

 Buisiness Continuity Plan, BCPは、企業にとってとても大切です。災害が起きた場合などに、どう事業を継続するか?

 本国から現地に赴任させる=そこにいてほしい人材にかなりのお金を使って行かせる

という投資判断がなされているので、「行かせたけど、赴任1ヶ月で辞めることになりました」だと皆が困ります。

 「辞めた」を、「大きな病気で任務継続が出来なくなりました」に置き換えても同じです。病気のリスクに関するアセスメントをせずに送り込んだり、現地でのモニタリングを行わないことは、ビジネスの継続性の問題となる可能性が高いです。

 特に、衛生面や感染症で課題のある国(世界的に見て日本もどちらかというと感染症は課題のある国に分類されるかもしれませんが)では、ワクチン打っておけば防げた病気で長期の前線離脱がそれなりに発生します。

理由2 社員のパフォーマンスのため

 海外赴任は本人にとって大きなストレスがかかります。言葉だけでなく、食事、働き方、生活習慣など、ありとあらゆる面で、適応するためにストレスがかかります。しかもそれが行くときと帰ってきたときの二回かかります。

 大きなストレスがかかった状態では、優秀な人でもその能力を発揮する事が難しいことがあります。送り込んで終わりにするだけでなく、適切なサポートを行うことで赴任させるという投資判断に対するリターンがより大きくなる可能性があるため、産業保健的な、心身でのサポートが望ましいです。

 これは、赴任者本人だけでなく、帯同家族に対するサポートも同様です。帯同家族も赴任者本人と同様に文化的、生活習慣的な違いが発生します。子供がいればその教育の心配も生じるため、全部が全部産業保健の範疇ではありませんが、総合的なサポートが必要になります。

理由3 安全配慮義務

 これはこの記事に興味をもたれた産業保健関係の方には言わずもがなですね。現地でのケガや病気、労災認定されうるので、社員を業務命令を通して病気にさせない・悪化させない、の安全配慮義務面でも大切です。

何にとりくむか?

 労働衛生の3管理のフレームワークで考えていきます。一般的には産業環境管理→作業管理→健康管理の順番に改善していくことが望まれますが、海外赴任者の健康を行っていく上では、個人的な経験からは、まず健康診断(法定の部分)をしっかりと作り上げていく中で、作業環境管理と作業管理をじょじょに含めていくような動きが良いのではないかと考えます。

1)法定の健康診断

この部分がしっかりできていないのであれば、まずはここから取り組むことが良いと思います。この時に必要と考えられる「機能」は、

  1. 赴任者の健康診断結果が赴任前に産業医の判定を受けられる

  2. 産業医の判定の結果、赴任に条件(受診すること、治療すること)などがついた場合に赴任を延期する権限を人事/部署が持てるようにすること

  3. (2)が難しい場合は、引っ掛かりそうな人が対象者にならないような仕組みを作る(例えば定期健康診断時点で海外赴任制限判定などを追加で行う)

などが考えられます。十分な期間が取れずに海外赴任が決まって行ってしまうというケースは多いと考えられます。健康診断から赴任までの間が伸ばせればベストですが、そうもいっていられないケースでは、引っ掛かる人をどう減らすか?引っ掛かった場合に止めることができる仕組みをちゃんと構築しておくということが望ましいのではないかと考えます。

2) ワクチン

 健康診断の仕組み構築と平行して、いわゆるトラベラーズワクチンの接種をどう担保するかも大切です。ワクチンについては、赴任者とその帯同家族への補助を会社が行えればベストだと思います。ワクチンのリストについては、

厚生労働省検疫所のサイト

外務省の世界の医療事情に関するページ

https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/index.html

等を参考にするところからスタートできれば良いように思います。

他にも、アメリカCDCのイエローブックとかを参考に考えられると良いと思います。

地域にトラベルクリニックなどがあればそこに相談してみるなども選択として良いかもしれません。

ワクチンの接種については、個人がリスクと効用を理解して接種することが大原則ではあるため、補助をしていたとしても、強制力をどこまで持たせるかは議論が行われるべきだと思います。このとき、上層部がワクチンを「福利厚生」と認識している場合と、「業務遂行のために必要」と認識している場合では、ワクチンの持つ意味合いが異なってくるとも考えられるため、「業務に必要なものである」という主張は折を見て行っておくと良いように思います。

3.) 現地での治療継続と医療へのアクセスの確認

 現地で受けられる医療レベルのアセスメントは一部のトラベルクリニックで企業と契約しているような先生であれば、「直接現地に巡視に行ってアセスメントする」という話を学会で聞くこともありますが、そこまではなかなか難しいケースも多いのではないかと思います。

 その場合は、会社が契約している医療保険のリソースがどの程度あるかの確認をしておくことや、日本から治療が継続が必要な病気を持った従業員が海外に行った場合に保険が使えるかなどを確認しておくことが望ましいと考えます。

 海外赴任で治療中断となることは許容しづらい面もあり、健康診断の判定でどこまで厳しく赴任の可否について判定するか、赴任先の医療資源を考えて行う必要があると考えます。

4) 相談窓口の設置

 海外赴任中の労働者、言語の問題の他、日本側が理解してくれないなどの問題から、孤独感を感じやすいというアンケート結果が以前産業衛生学会の研究会ででていました。実際に現地の語学が相当堪能であったり、外交的な性格であっても、限られた人間関係(日本人コミュニティ)で過ごすことが多い場合があります。
 その時に、健康面(体・心)で何か話したいことがあれば、オンラインでの対応が可能ですと窓口を設置しておくと、健康面の問題の早期発見などから良い影響があるのではないかと考えて、実践していました。この取り組み自体が本当に良いかの効果検証などはできていませんが、メンタルヘルス不調の早期発見から早期の人員交替につながったり、労務問題につながる話を人事と連携できて対応できたりなど(本来の目的ではないですが・・・)個人の感想レベルでは良い影響があったと考えます。

課題や「もやもや」

これらの取り組み、専属の産業保健スタッフがいたら取り組みは進めやすいですが、人事労務担当者とうまく連携をとればいずれも不可能ではないと思います。ただ、実際の実効可能性の課題以外に、いくつか課題を感じており、ここら辺は別の知見を持つ方のご意見をいただけると嬉しく思います。(あと、私が気づいていない課題などもご指摘いただければ嬉しいです)

そもそも海外行った人の健康管理にどこまで赴任前の事業場が口を出すべきか?

 赴任の形態にもよりますが、海外で現地の法人の従業員として働いている場合は、そもそもそちらの安全衛生上の管理を受ける人員です。そのため、日本の安全衛生の対策として、赴任前の1-3の対策はさておき、行った後の3はやってよいのか?という視点は持っておくべきだろうとも思っています。

 日本側で完全に人員をコントロールできるのであれば、日本から面談をしたりすることの意味合いもある程度ありますが、それがかなわないならやらない方が良いというロジックも成り立つので、ここは悩ましいです。

 個人的には、相談窓口を日本語でおいておく意味はあるのではないかと感じるため肯定的ですが、産業保健でやる必要があるのか?(人事が直接相談窓口を設置するほうが良いのではないかと思ったりもします)

ドクターストップの判断

 海外での健康診断の実施を行っているところも話を聞くとそれなりにありますが、健康診断結果が悪くても、現地で治療が継続できないなどと言われるとかなり困るため、人事との連携がものすごく大切になります。また、人事がどうしようもないといわれてしまうような場合だと、ただただ「リスクを会社が把握していたのに、何もできなかった」という状況証拠だけが積みあがるため、法定外の行動を行う場合は、ワーストケースシナリオでも対応ができるような準備を行ってからやることが望ましいと考えています(往々にして、すでに行われてしまっている状況をどのようい改善するかという話にもつながるのですが、これは難しいなあという感想です)

他、いろいろと考えることや「もやもや」はありますが、本記事はここら辺で・・・

まとめ

 海外赴任者の健康管理について思っていることを書いてみました。あんまりまとまっていないかもしれませんが、「赴任前健康診断・ワクチン・現地での治療継続の担保」あたりは取り組んでおいて良いのではないかと考えます。プラスアルファとして現地の相談窓口の設置や、有名企業がやっているような本人と帯同家族向けの教育などは各企業の実情と産業保健・人事労務のマンパワーに応じて考えてみても良いかもしれません。

 余談ですが、帯同家族として海外赴任にくっついていった際、日本で打ってたワクチンが全然足りず、現地の小学校への入学にあたり、左右の太ももと、腕にワクチンを1日で打たれた記憶はいまだに残っています。



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