主治医先生に「働かせて良いか」を聞くのを止めませんか?

思いっきり普段仕事で聞きまくっている産業医がなんてタイトルの記事を書くのだ!とお叱りを受けるかもしれませんが、リスク-キャパシティ-トーレランスの考え方をオンライン勉強会で話すために改めて勉強して、このタイトルを思いついたので書きます。

尚、人事労務担当者の方も読んでいただいているという話を最近意識した出来事があったので( )内に、補足や、ビジネスの現場で使われている用語と意味が違う単語の説明などを入れています。

リスク-キャパシティ-トーレランス

まず、この言葉ですが、あんまり日本の産業保健界隈で有名な言葉ではないと思います。

成書としてまとまっているのが、American Medical Association の、職場復帰の判断をする医師向けに書かれた以下のガイドです。(アフェリエイトリンクです。もしご購入される場合はこちらからどうぞ・・・値段がだいぶ高いですが・・・)

和訳は多分なく、私が勝手に日本語にするのもあれなので、そのままカタカナで、

リスク(Risk)
キャパシティ (Capacity)
トーレランス(Tolerance)

と記載します。

一つ一つ見ていきます。尚、この記事で主張したいことは、臨床医(病院で働く先生や開業医の先生)にはリスク-キャパシティの評価でとどめておき、トーレランスの評価は産業医(と企業サイド)で行うと皆がハッピーになるかも?というお話です。

リスク

これ、何のリスクかというと、医学的に健康に害が及ぶリスクです。

医師であれば概ね過半数が、止めたり、一定の制限をかけた方が良いと意見が出るような事象で、例えば以下のようなものがあげられます。

  • 気胸治癒直後の潜水業務

  • 結核で排菌中の人の就業(法律でもNGですね)

  • 免疫抑制薬投与中の人が不特定多数と接触する業務

  • 人工関節に置き換えた後に、該当する関節に大きな負荷がかかる作業

  • てんかんのコントロールが不良な場合の高所作業

病気と就業については明確なエビデンス(ここでは、学術文献に論文として書かれている文書をさします)がないことの方が多いのですが、病気のメカニズム的には医師であれば、多くの方が納得出来る内容と言えるかもしれません。

キャパシティ

キャパシティは「その仕事に必須の動作や作業が出来るかどうか」を表します。

医学的にある程度測定できたり、評価する事が出来るものとなり、以下が、キャパシティに問題がある例となります。

  • 頭の上にあるスイッチ類を頻繁に操作しないと仕事にならないのに、ローテーターカフの損傷で肩から上に腕が上がらない(肩関節の可動域制限があり、物理的にボタン操作ができない。)

  • 腰痛が耐え難く、座って作業する事が必須なのに数分も座ることが出来ない。

  • NYHA2以上の心不全がある場合にそこそこ労作が必要な仕事を行うことができない。

これらの例のように、キャパシティに問題があると、リスクの時とは違い、仕事がそもそもできないので、制限が自然とかかっている状態です。(尚、英語では、リスクによる制限はrestriction、キャパシティによる制限はlimitationと表記されていました。日本語だと同じ制限ですが、restrictionは他者が止めているイメージで、limitationは自動的に止まっているイメージです。

キャパシティもリスクと同様、医学的にはある程度白黒つけることができそうです。ここまでの内容でしたら、業務内容さえきちんと主治医に伝われば、産業医が間にはいらなくても主治医によって見解が異なってくることはあまりないはずです。

トーレランス

ここからが、よく問題になるところです。トーレランスは「疲労や痛みなどの、患者さんが不快に感じる症状により生じる限界」のことをさします。Tolerateは耐える、忍容するといった意味があり、Toleranceはその言葉の通り、患者さんがどこまで耐えられるかという指標です。

例えば腰痛で考えてみます。キャパシティの例で、

腰痛がひどくて座位をとることができない

というものを上げました。ただ、もしこれが

腰痛はあるが、2-3時間に1回休憩をはさみながらであれば何とか仕事ができる。リスク、キャパシティはないがその仕事を快適に(痛みがなく)仕事をできる状態ではない。

という場合はどうでしょうか?このような状況で、本人が主治医に、「あの仕事は腰が痛くて辛くてできない」と訴えた場合に、主治医によって見解が大きく異なりそうです。

少し刺激的ですが、原著では、「もし、従業員の給与を3-4倍にしたら、本人が喜んでその仕事をする。痛みなんか気にしないで何とかなるといった場合がトーレランスが明らかになる状態である。この状態で医師毎に意見がことなるのも納得できるだろう。トーレランスは科学的(医学的)に測定可能なものではない査証である(意訳)」と書かれています。

トーレランスにどう対応するか?

詳細はぜひ、成書の第2章(13ページ弱です)の後半部分を読んでいただきたいのですが、要約すると、トーレランスの問題には答えを出さないという結論になっていました。

痛みや、疲労に耐えて仕事をするかどうかを選ぶことは患者本人の選択であり、単に疲労が強く、その仕事を好まないから、医師がその仕事にrestrictionやlimitationをかけることは科学的に妥当ではない。故に、状態を描写して、あとは本人が選ぶに任せるという形です。

日本の産業保健の現場でこの考え方を適応するとするとすると、私見にはなりますが、リスク、キャパシティの点はぜひ主治医先生に明記いただきたいと思います。一方、本人が希望する就業「制限」に対しては、

「科学的に評価できないので、制限が必要なのか、できない仕事があるかは記載できない。産業医がいるなら産業医と相談してください。もしいないのであれば、症状について話してくれたことを書くので、それをもって会社とどういう働き方が可能か相談してきてください」

といって本人に説明する方が、最善ではないまでも、産業界から見た場合に、医師の診断書の価値を保つことにもつながるのではないかと考えます。

尚、上記に記載内容にご意見や、私の考え違えなどご指摘いただけることがありましたら、お教えいただけますと嬉しいです。


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