見出し画像

ファイナルファンタジーをもう1枚

ユニクロがファイナルファンタジーシリーズのTシャツを出すということで店舗に見に行った。ファイナルファンタジーといえば、ドラゴンクエストと共に日本を代表する二大RPGにあげられる超人気シリーズだ。関節でいうところの肘と膝くらいのポジションである。

僕も何作かプレイしており、その中には思い入れのある作品もいくつかある。ちょうど夏に向けて街に繰り出すためのTシャツが欲しいと思っていたところだ。気に入ったデザインのものがあれば買うことにしよう。

特設コーナーには全16種類のファイナルファンタジーTシャツがずらりと並んでいた。つい目移りしてしまうが、やったことのない作品に関してはキャラクターがプリントされていても「こいつらとは仲良くなれそうにないな」という気持ちにしかならないので却下だ。さらにメインのプリントが背面にあるものも、せっかくの柄が自分で見えないのは嫌なので却下。そうやって絞り込んでいくと、「FINAL FANTASY」というタイトルと黒魔道士のドット絵がプリントされている1作目のTシャツが一番いいという結論に落ち着いた。これが一番実用的かつかっこいい。

今Tシャツはデカければデカいほどお洒落だと聞く。おそらく布の量が多い分コスパが高いということで、若者に人気があるのだろう。僕はその場にある最大のサイズのXLを選んでレジに向かった。謎の仕組みで商品を認識するセルフレジではなく、その日は有人のレジに通された。

「もう1枚購入されますとトランプがもらえますがよろしかったですか?」

支払いの準備をしていると、店員にそんなことを言われた。どうやらファイナルファンタジーTシャツ2枚購入でファイナルファンタジートランプがもらえるというキャンペーンをやっているらしい。僕は予想外の一言に戸惑った。ファイナルファンタジートランプが欲しいかと言われれば微妙なところだが、ジョーカーの柄が何なのかはちょっと知りたい気もする。せっかくだからもらっておいて損はない。

よし、もう1枚Tシャツを買ってトランプをもらおう。僕は店員に「もう1枚選んできます!」と宣言して颯爽と売り場に戻った。さながら世界を救うことを誓って冒険の旅に出る勇者のようだったことだろう。店員は「勇者様!必ず!必ずお戻りください!私はここで勇者様のお帰りをお待ちしております!」と叫びたくなったに違いないが、そこはプロ。気持ちを抑え込んで平然と次の客の対応をしていた。さすがである。

ファイナルファンタジー1のTシャツ片手に追加購入するTシャツを探す。だが、基本的にどれもついさっき見て却下したばかりのデザインなので特にそそられない。そりゃそうだ。人間、一度レジに行って戻ってくるだけの間に価値観はそう変わらないのだ。

これは困ったことになった。「せっかくならもらっとくか」くらいのファイナルファンタジートランプをもらうためにわざわざ欲しくもないTシャツを買うのは気が引ける。かと言って、ファイナルファンタジー1のTシャツをもう1枚買うのも意味がわからない。やぶれかぶれで、キャンペーン対象外のアンディーウォーホールTシャツとかを追加して「これもある意味ファイナルファンタジーじゃん!」などと無邪気に訴える作戦もあるが、多分どうにもならないだろう。八方塞がり。打つ手なしである。

仕方ない。ファイナルファンタジートランプは諦めよう。一旦もらう気持ちになってしまったので口惜しいが、元々そんなに欲しくはなかったのだ。ジョーカーの柄だってどうせ「8」の魔女か映画版「ファイナルファンタジー」の今や名前も思い出せない主人公とかだろう。どうしても知りたければネットで調べれば済む話だ。

決意を固めた僕は、ファイナルファンタジー1のTシャツ1枚を持って再度レジに向かうことにした。が、そこでピタリと足が止まってしまった。脳裏につい先ほどの自分の姿が浮かぶ。

「もう1枚選んできます!」

僕は店員に対してそう大見得を切ったのだった。それなのに結局何も選ばずにのこのこ戻っていくとは。恥ずかしすぎる。「ああ、この人は自分が言ったことを簡単に覆す人なんだ。当選したら選挙公約を平気で無視する政治家みたいだな。ただこの人は政治家になる度量も無さそうだから、あくまでただの二枚舌野郎だな」などと思われてしまうだろう。せっかく旅立つ勇者の姿を重ねてもらっているのに台無しだ。

僕は手に持っていたファイナルファンタジー1のTシャツを棚に戻すと店を出た。行ける範囲にユニクロはたくさんある。今日は諦めて、後日別の店舗で買おうじゃないか。勇者の帰還を待ち続ける店員には申し訳ないが、今の僕にはこうするしかないのだ。

もしも時間が戻るなら、ファイナルファンタジートランプの誘いはきっぱりと断りTシャツを1枚だけ買うだろう。だが、残念ながらそれは不可能だ。現実では時間は巻き戻せない。自分が選んだ道を、後悔と共に歩いていくしかないのである。

人生にセーブポイントはないのだから。

サポートって、嬉しいものですね!