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新しい良心の呵責

列車に乗ったらカップルが「斜め前に座ろう」と話しているのが聞こえて、「斜め前」と「田辺舞」は似ているな、と思った。ここで「田辺舞って誰だよ!」と思った人は自らの考えの浅さを恥じてほしい。誰とかじゃないのだ。誰とかじゃなく、この世界のどこかにいるであろう「田辺舞」である。誰もが知る有名人でなければこの世に存在していないかのような物言いはあまりにも乱暴だし、自分が知らないからといってその事実を得意げに振り翳していいわけがない。そんなものの考え方は悲しすぎる。巡り巡って自らの首を絞めていることにも気づくべきだ。

例えばどんな「田辺舞」がいるのだろう。検索してみると、田辺舞さんというダンサーの方のホームページがヒットした。漠然としたイメージでしかなかった「田辺舞」を肉体と意志を持った存在として具体的に認識すると急に、変な名前の出し方をして申し訳ないという気持ちになってくる。別に向こうも知ったことではないだろうし、こちらとしても悪いことをしているわけではないはずなのだが。よくわからない角度の良心の呵責である。

ところで「斜め前に座ろう」ってどういう状況だったんだろうか。

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