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村上龍と食事する前に

村上龍と食事をしていて寒ブリが出てきた場合、「これが本当の寒ブリア宮殿」的なことを言うべきなのだろうか。

店員が「寒ブリです」と言って出してきたら、絶対に頭によぎるのは間違いない。それは村上龍も同じことだろう。ただそれを口にするかどうかは判断が難しいところだ。

村上龍にしてみれば、これまで何度となく似たようなことを言われてきていい加減うんざりしているかもしれない。「もういいよ、そういうのは!」と不機嫌になり寒ブリに箸をつけなくなる可能性は大いにある。

だが、明らかに皆の頭の中に「寒ブリア宮殿」が浮かんでいるにも関わらず、そこに触れないというのも気持ちが悪い。村上龍もキャラクター的に自分から触れるというわけにもいかないし、誰かが処理してくれるのを待っているということもあり得る。スルーしていると「こいつ勘悪いな!」と思われてしまうかもしれない。

もしここに小池栄子が同席していれば。寒ブリと聞いた瞬間にすかさず「ちょっと!寒ブリア宮殿じゃないですか!」と絶妙なトーンで差し込んでくれることだろう。村上龍も「本当だね」と微笑むしかないような絶妙なトーンで。場は一気に和やかな雰囲気になり、皆が笑顔で寒ブリに舌鼓を打つ。酒も進むし話も進む。最高の夜だ。

だが、残念ながら僕にはそんな関係性もスキルもない。小池栄子的軽やかな身のこなしは、一瞬でも躊躇してしまうともうできない。どうしようか考えている時点で、「寒ブリア宮殿」に触れるにせよ触れないにせよ、「そっちの行動を選んだ感」は出てしまうのだ。

多分この選択に絶対的な正解はないのだろう。その日の村上龍の気分や僕に対する印象、会話の内容、場の空気、店の雰囲気、気温、湿度、日経平均株価など、様々な要因によって取るべき行動は変わる。「寒ブリア宮殿」と言うべきか言わないべきか、その場においての正解を目指すしかない。

果たして僕はそのときに正しい選択ができるのだろうか。残念ながら今のところ、どちらを選んでも裏目に出るようなイメージしか浮かばない。

とりあえず近々で村上龍と食事に行く予定はないので、あまり考えないようにしておこう。

そうやって僕はまた問題を先送りにするのだ。

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