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宝ヶ池公園

昔のこと。
転職して間もなく、宝ヶ池公園に誘われた。
桜の名所だという。

なるほど、京都の街を見下ろせる坂道を上るとそこに忽然と現れる宝ヶ池がある。

穏やかな水面に映る桜並木は美しく、何より、とても静かなことに感動した。柔らかい水の波紋を渡る風の音と、鳥の声くらいしかしないのだ。こんな場所があったなんて、知らなかったなぁ。

誘ってくれた人にそう言うと、「君の住んでいる場所は場末だもん」と幾分失礼なことを言われた。

その人はある日、会社から消えた。
クビになったのだ。

その数年後、バッタリ会って、偉そうにしてるのを見た。腹が立って、電話をかけた。
謝られた。
そりゃそうだ、めちゃくちゃあと始末の苦労したのは私だ。

今日はなんとなく、桜の季節じゃないのに足が向いた。
紅葉にはちょっと早いけど、相変わらず静かで良い。
遠足の保育園児たちもいたけれど、広い公園だから気になることもない。
今日はお弁当日和でよかったね。

森の中で、ちょうど良い椅子と机の高さの石群を見つけ、パソコンを広げてみた。
風の音、葉っぱの音、どんぐりが落ちる音。
ああ気持ちいい。

そう。
ここで、私もお弁当を食べたな。

ガサガサっっと大きく木立が揺れた。
ん?顔をあげる。

まんまるお目目の鹿と目が合った。
うそん。



ごめん、また場所の選定ミスったのね。

ということで、少し移動して高台の東屋に。
テーブルはないけど、誰もいないし仕事捗る!


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あれから毎年、宝ヶ池の桜は咲いたか?と思い、あのひとのことを考えた。

ある日、雨で落ちた桜の花びらが、黒い傘に滴っていた。
その色のコントラストが記憶に残っている。

さて、宝ヶ池の思い出、これで閉じよう。
もう、ここの桜が咲いたかと考えることも、確かめに来る機会もないだろう。

これがほんとうの、サヨナラだ。

・宝ヶ池公園
・駐車場上限800円


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