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ドラマ「エクスパッツ」最終話手前までの事。

ご近所さんの木にいるウグイスは、昨日やっと「ホケッキョっ」くらいの鳴き方ができるようになった。
粋な部分の最初の「ホーーーーー」のタメはまだできない模様。

今見てるドラマの中の一つ「エクスパッツ」
ニコール・キッドマンが主役で、アメリカから香港に駐在してる色んな家族の形が題材になっている。
タイトルの「エクスパッツ」はExpatriateの略で「国外居住者」という意味。

ドラマとか映画とかが好きで色々みてる人は、香港でこの感じのビジュアルといえば、ウォン・カーウァイの映画を思い出すんじゃないかと思う。

「恋する惑星」とか「天使の涙」とか他にもあるけど、映像全体を包む透明なオレンジとグリーンが溶ける明るい夜、グレーが混じったブルーがかかる寂しげな昼。

「恋する惑星」の中で「California Dreamin'」が流れてくると、キュンキュンしたものだ。
間奏のフルートのソロがまた切ない。

香港のお話じゃなくてサイゴンでのお話だけど、なぜか「青いパパイヤの香り」も見たくなった。

アジアを描く映画を見ると、どうしてだか全体に物悲しさがつきまとう。
日本が舞台だともう少し乾いた感じの映像になってる気がする。

ベトナムや香港の湿気を帯びた色彩。
地続きの土地に熱帯雨林や湿地を抱え込んでいるからか、映像全体に水分を感じてしまう。

だからといって「ブレードランナー」のように映画の間中雨が降っていたとしても、コンクリートに注ぐ雨の感じとも違う。

空気中の水分量が都会のそれより多くて、少し息苦しい。
雨に溶け込んでいるものが、埃やちりじゃなくて、濃厚な緑の葉や、密林にいる動物達を通り過ぎてきた感じ。

香港も都会のはずなのに、路地の商店や飲食店や夜市なんかのビジュアルを多く使うから、ノスタルジックな感じがする。

確かにそういう国に行った時、観光地だけじゃなくそういう場所を訪れると、タイムスリップしたような感じにならなくもない。
そしてそういう場所の方が強烈に心に残る。だからなのかな。

最終話だけまだ見ていない。
どうなるんだろう。

色々なエクスパッツ達が、その土地の高級住宅街で過ごしているんだけれど、もちろんそこにはお手伝いさんがいる。
衣食住や送迎、子供の世話をしてくれる人たち。エクスパッツ達の華やかな生活を支えてくれるのはその人達で、雇い主との関係性も色々だ。
仕事に慣れてる人たちは「雇い主との間に線引きをしろ」と言う。

ある夜、少しだけ雇い主の女主人と仲良く時間を過ごしたお手伝いさんがいる。「お友達ね」「名前で呼んで」

朝になると当然のようにベッドから朝ごはんの要求を告げられる。
そのお手伝いさんはその日、歌のオーディションに行くはずだった。
前の夜、女主人は自分のドレスを着て行くといいと貸してくれて、メイクまでしてくれた。

朝、犬のようにベットルームに呼ばれた時、そのお手伝いさんがまだメークを落としていないのがひどく悲しかった。
綺麗にしてもらえたから、そのまま貸してくれたドレスを着てオーディションに行くはずだったんだろうなと思ったらやるせなくて。
そして彼女はその貸してもらったドレスを女主人のクローゼットに使わずに戻す。

以前、食事に招かれた家に(70代くらいかなあ)お手伝いさんがいて、食事の給仕をしてくれた。
給仕してもらう度に「ありがとう」と言っていたら、その家の女主人に「私たちは人を使うことに慣れないと。いちいちありがとうなんて言わなくていいのよ。これは彼女の仕事なんだから」と言われた。

私たちと括られた理由もわからないし、仕事だからしてくれた事に対してありがとうを言ってはいけないっていうのも、同意できかねた。

その後、テラスに場所を移してデザートを食べることになった。
そのお手伝いさんがデザートを運んできてくれて、まだ、そこには私とそのお手伝いさんしかいなかったから、お話をしていた。

一番下の息子さんが大学生だとか、旦那さんがもういないとかそんなたわいもない事を楽しそうに話してくれた。

それを見て遅れてきた女主人がそのお手伝いさんを叱った。
「お客様とどうして、何を話してるの?用意が済んだら下がってちょうだい」と。
そして私に「どうしてお手伝いさんと話すことがあるの?」と聞いてきた。

フルーツを添えたジェラートは、大好きなはずなのに美味しくなかった。
口の中に広がる甘みのない砂のような食感で、溶けるだけは溶けていった。

今度誘われても行ーかないっ。と思った。
思いながら、あのお手伝いさんのためには行った方がいいのかなとも思ったりもした。
でもちょこっと行ったからって、お手伝いさんもお仕事が必要だからあのお家に通ってるんだろうし、彼女の日常を変えることもできないし、あの家族はなぜだか私と友達になりたい風だったけど、根本的になれそうにもなかったからそれこそ線引きする事にした。

ドラマ「エクスパッツ」にはニコール・キッドマンの子供が夜市でいなくなってしまうという悲しいストーリーが最初から最後までつながっている。
どうなるんだろう。

原作を読んでみたくなってAmazonで探したら、同じタイトルや似たようなタイトルの本を色んな作家が結構な量、書いてることがわかった。

異国で暮らす「国外居住者」の方からすると、色んな意味で興味をそそられる事のようだ。通り過ぎるだけの人達。

その土地に生まれて簡単にはそこから出ていけない人達の中にも、そのタイトルで本を出した人がいるのだろうかと、ふと思った。

「California Dreamin'」の歌詞が蘇る。

憧れの地だとしても、同じ国の中に住む同じ人種の中にも、同じような世界がある。

どちらかというと、見に見えるところにいつもあるのに、望んでも手が届かない方が辛いのかもしれない。


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