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いつまでも #シロクマ文芸部

透明な手紙の香り。

巷ではそんなものがバズっているらしい。
流行り物にはとんと興味がないわたしだが、なぜかそれは気になってついポチってしまった。


届いたのはごくありきたりな小さな段ボール箱。
開けてみるとあたりまえだが何も入っていない。透明な手紙はやはり見えなかった。
いや、ただ一枚の白い紙切れが底に張り付いていた。わたしはそれにくんくんと鼻を近づけてみた。


つんとしたしょうのうの匂いが鼻をつく。
ああこれは。
母の匂いだ。
化粧のおしろいとしょうのうの香りがミックスされたような、お世辞にも素敵な香りとはいいがたいが、わたしには何より懐かしい香りだった。


亡くなってもう10年か。
今でもその事実を忘れてしまう時がある。
もしもし、あ、お母さん?
あたし。あのね、ちょっと聞きたいんだけど。
何度そう電話を掛けようとしたことか。


匂いが少しずつ薄れていく。
わたしは慌ててその白い紙切れに顔を寄せる。
大丈夫。そう耳元で言われた気がした。
お母さん。
紙はわたしの掌の中で溶けて消えていった。


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