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日航123便墜落事故(事件)㉕〜123便は墜落前、埼玉県のどのあたりを飛んだのか?(埼玉県の飛行経路にとことん固執するシリーズ)
この事故(事件)において、筆者が特にこだわり続けている123便の埼玉県における飛行経路。
事故調査委員会の報告書では、機の埼玉県上空の航路についてはほとんどまったく重要視されていない。おそらく、埼玉県(それも県の西側ではなく中心に近い場所)上空を飛んだことにすると、なにかマズイことが生じたのだろう(第一に、埼玉県の中央部あたりを飛んだとなれば、その前の横田基地近辺の飛行経路の見直しが必要になる)。そう思われてならない。
そんな中、当時の『朝日新聞』の記事でこんなものがあった。墜落前の機の貴重な目撃情報だ。
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浦和市白幡は、現在のさいたま市の白幡。武蔵浦和駅から見て東側の地域だ。
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限り、白幡は六丁目までしかない模様
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![](https://assets.st-note.com/img/1682663135216-cIvw3tF6UE.png?width=800)
白幡から見て東に位置する町を調べると、志木市、所沢市、狭山市、入間市、飯能市などが該当する。どのくらい離れた場所、上空だったかは記事からはわからないが、それらの中のどれかの町の上を飛んだのだろう。
自分はこの目撃情報にある種特別な感慨を持っている。理由はひとつ、目撃者の吉岡功治さんが現在もカメラマンとしてバリバリご活躍されているからにほかならない。
信頼に足る目撃情報というわけだ。123便はやはり、埼玉県の真ん中に近い町町(まちまち)の上空を飛んでいたのだ。
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