【投稿作品】リベンジ オブ ザ ウォー

徳川家康と石田三成。
不倶戴天の敵であるふたりの魂は転生した。

そして時は流れ----

20××年9月。
アメリカ。4年に一度のお祭り騒ぎ。大統領選のまっ只中であった。
ニューヨーク州のとある大学の講堂には大勢の人が詰めかけ、今か今かと待ち構えていた。
聴衆は何を待っていたのか?
壇上に上がっている人物が何を話すか、である。
怜悧な目つき、金髪碧眼の色男。
紺のスーツを隙なく着こなし、双眸をカッと開いて真っ直ぐに前を向いている。
長い沈黙の末に、ようやく薔薇色の唇が開かれた。

「正義は我にあり! 」

彼、ミッツナーリ・ローリングストーンは拳を空に突き上げ、高らかに宣言する。
頬は紅潮し、拳を握る手に汗がにじむ。
「身内の企業に利益を誘導する政治家にこの国を任せてはおけないのだ! 我ら民主党はここに宣言する。全てのアメリカ国民が笑って暮らせる国を必ず創り上げることを! 」

わっ! と場が沸騰した。
悲鳴! 奇声 !歓声! プラカードが乱立して大きく揺れる。キャッチフレーズの「スマイル・カントリー! 」「ミッツナーリの名前」「眉目秀麗なミッツナーリの顔写真」など、気絶しかねない勢い叫ぶ女性が多数見受けられる。
一方、反対側からはブーイングが飛んでいる。親の仇に出会ったかのような勢いだ。

「ミッツナーリさあ、あなたの理想はよく分かりますよ。ですが、現実になるものなのかしら?」
ヤスミンは皮肉っぽく言う。
「何が言いたい、ヤスミン・リッチリバーよ」
ミッツナーリは不快な気持ちを表に出して言う。
ヴィトンのスーツを隙なく着こなし、プラチナブロンドの髪をかきあげながら微笑む女・ヤスミン。くりっとした瞳は青く、気高い白百合のような佇まいをしている。とはいえ、70歳すぎの女性政治家は歓迎されなかった。
「では質問させていただきますわ。その財源をどこから確保するのでしょうか? 」
「無論。たくさん稼いでいる方々が国庫に税金をたくさん納めればいい。簡単なことだ」
「あまりやり過ぎて、金持ちがアメリカから逃げ出す可能性は考えないのかしら? 」
「それは……っ! 」
言葉を失うミッツナーリを尻目にヤスミンは聴衆に視線を向けた。
一斉に彼女に注目が集まる。
「何事も程度というものがございます。アメリカは広いじゃございませんか。その地域に合わせて柔軟な対応こそが必要と共和党は考えておりますのよ。柔軟な対応をするには州の力も必要ですし、企業の力も入りますわよね。彼らにもそれなりの見返りが必要じゃございませんこと? そうは思いませんか、国民の皆さん」

先程までブーイングをしていた聴衆が、ほれ見たことか! とばかりに歓声を上げた。
ヤスミン支持のプラカードを掲げ、国旗を振り、歌い出すものまでいる。
対するミッツナーリ支持者は不機嫌を隠そうともせずに、ブーイングを飛ばしている。

「強いアメリカ! 目指す所は同じのはずなのに、なぜこうも違う? アメリカ国民が上げた利益は等しく分配されれば、人々はよりやる気が出るではないか! 」
「ただ与えるだけでは人は動きませんことよ。それは平等を目指したソヴィエトの末路を見れば明らかじゃありませんか。自分で富を求め、努力することこそが経済を動かしていくのでございますよ」

ヤスミンはカメラに向かって流し目を送る。

3度も大統領候補になったものの、毎回落選の憂き目を見ているヤスミンは、おそらくこれが最後のチャンスだろう。敵陣営の陰謀や味方の裏切りなど、ヤスミンは人間というものを嫌という程知り尽くしている。何があってもぐっと堪えて待つ。泣かない鳥は泣くまで待つというヤスミンの処世術は、苦労人ならではの哲学である。
一方のミッツナーリはニューヨークの市長時代に財政再建で大きな功績を収めており、行政手腕には定評がある。前大統領が幼い頃に彼の才能を見出し、実子同然に育て上げたのだ。彼が前大統領の遺志を継ぐべく民主党の大統領候補指名選挙に出馬したのは当然の成り行きであった。
「そういえば、ミッツナーリさぁん? 」
「なんだ」
「あなた、ニューヨーク市民になんて呼ばれているかご存知かしら? 」
「……知らん。興味などない」
「焦げたフランスパンでございますわよ」
ミッツナーリはきょとんとした顔でヤスミンを見る。
聴衆もざわめきを止め、ヤスミンの次の言葉を待った。
「固すぎて食べられない。つまりは融通が利かなすぎて、役に立たないってことですわ」
わっと笑い声が上がった。
ニューヨーク市民の間で密かに呼ばれていたニックネームである。優秀には違いないのだが、融通が利かないのが欠点であり、それを揶揄したニックネームとも言える。
「それは知らなかった。覚えておこう」
ミッツナーリはこめかみをひくつかせながら、かろうじて笑顔を作ることに成功した。
すると、ミッツナーリの後ろに控えていた男が一枚の紙をミッツナーリに手渡した。
一読したミッッナーリはその紙を放り投げた。
「俺のことより、自分の心配をしたらどうだ」
「何のことかしら? 」
「貴様、テキサスでの指名選挙演説の際に緊張のあまり脱糞したそうだね」
途端にヤスミンの顔から血の気が引いた。確かにもみ消すように指示したはずなのに、という本音がありありと浮かんでいる。
「こんな事を口にするつもりはなかったが……貴様、そんなことで大統領という重責を全うできるのか? 悪いことは言わん、すぐに降りろ」
ヤスミンは唇をわななかせるが、それ以上の反論を口にすることができなかった。

こうして2回目となるテレビ討論会はややミッツナーリ優勢にして終了した。
こうして、アメリカ建国史上稀にみる美男と老女による大統領の座をかけた戦いが幕を開けた。

脱糞事件によって大幅に支持を下げたヤスミン。
必死の巻き返し作戦が始動した。
もともと富裕層や企業に高い支持を誇っていたヤスミンは、自由主義の継続と市場原理政策を訴え、それぞれの州の自治を尊重することを保証した。これには民主党ミッツナーリに脅威を覚えていた人々が雪崩を打ってヤスミン支持を表明する。
過去の恥をもアピール材料にしたヤスミンは徐々に支持を取り戻していく。
一方、ミッツナーリも自身の正義をアピールすべく、各州を飛び回る。ヤスミンの身内企業に不正な利益供与の疑いがあることを訴えた。
しかし、過度なまでの平等主義と緊縮財政を進めようとするミッツナーリは貧民層の熱狂的な支持を集める反面、大企業や富裕層の反感も多く、選挙資金が思うように集まらないという問題を抱えていた。資金が足りないと知ると私財を投げうって己の信念を訴え続けた。
こうして世論調査が発表されるたびに支持率は二転三転し、最後までどちらが優勢か予測できない状態で投票日を迎えることとなった。

ヤスミンの朝は挽きたてのコーヒーを飲むことから始まる。
大統領候補となれば広大な敷地に豪華な部屋というイメージを抱かれやすい。
しかしヤスミンは住処にこだわりを持つことはなく、ニューヨーク郊外に買った3LDKの一戸建てに住んでいた。
しかも使っているのは1番小さな寝室のみで家具もベッドとデスク、壁一面の本棚だけという質素さである。
使う家具や道具も自ら厳選したもの何十年も大事に使っているのだ。
中でも初めての給料で買ったコーヒーミルは1番の宝物。
これだけは誰にも触れさせない。
あちこちに細かい傷があり、見た目も貧相だが、定期的に調整し、毎日手入れをすることで今日も問題なく動いている。
毎朝カリカリと豆の挽く音に耳を傾け、じっくりと淹れたコーヒーを飲みながら読書をしたり、書類に目を通す。

たとえ投開票日であっても変わらない。
こんな特別な日だからこそいつもと同じことをして平常心を保つことが大切だとヤスミンは考えているのだ。

やれることは全てやりました。
大丈夫よ、私は必ず勝てます。

とっておきのコーヒー豆コピ ・ルアックを淹れ、アンティークの蓄音機でモーツァルトを流しながらゆっくりと楽しむ。

たっぷりと2時間ほど過ごしてから、ヤスミンはこの日のために取っておいた白いワンピースに着替えた。
極上のシルクをひとつひとつ手縫いで仕上げである。光の角度で銀糸で刺繍された百合が浮かび上がってくる、オーダーメイドの一品だ。
入念に化粧をし、ルームシューズからフェラガモのハイヒールへ履き替える。
最後に姿見で全身をチェックしてから家を出た。
自ら車を運転して用意されていた会場へ向かう。

なんと素晴らしい青空なのでしょう。
ガラス越しに柔らかな日差しが差し込んでくる。
目の前に流れる景色はどれも輝いている。
世界はこんなにも美しいのですね。

チャラララ……。

スマートフォンの着信音が流れてきた。
カーナビと連動させてあるので画面を操作して通話モードにする。
「もしもし」
「ヤスミン様、ホンダムです」
電話の相手は地方議員時代からの腹心ホンダムであった。
身長2メートル近い巨漢でブラジリアン柔術の達人。そして拳銃の腕も一流でヤスミンの身辺警備も担っている男である。
「どうしたのかしら? 」
「朗報です。環境保護団体を仕切るコバヤカワ家が、共和党支持を表明しました」
「よくやったわね、ホンダム! 」
電話の向こうの声も心なしか興奮しているのがヤスミンにも分かった。
コバヤカワ家は先代が熱烈な民主党支持者であったが受け継いだ現当主は養子であり、ミッツナーリと折り合いが悪いとの情報を密かに得ていた。
そこに気づいたヤスミンは、当選後の保護を約束する事で支持を取り付けるよう指示したのだ。
この土壇場で民主党の支持母体の切り崩しに成功した。これは大きい、大きすぎる援護だ。
「今、どこにいるのかしら? 」
「既に会場入りしております」
「分かったわ。私もすぐ向かうから、着いたら詳しく聞かせてちょうだいね」
「かしこまりました」
ヤスミンはカーナビの画面を操作して、通話を切った。
朗報を聞いて心は踊っていた。
ヤスミンはこの数時間後に待っている未来を脳裏に描きながら、軽快にハンドルを操作し、支持者達が待っている会場へ入っていった。

次々と開票の結果が出る。

ニューヨーク州、共和党勝利。
テキサス州、民主党勝利。
ミシガン州、共和党勝利。

結果が公表されるたびに歓声が上がったり、落胆したりと忙しい。

ヤスミンは微笑みを絶やさないように心がけ、共和党勝利に盛り上がると手を振って支持者に応えていく。

しかし。
ニュージャージー州、民主党勝利。
カリフォルニア州、民主党勝利。
アーカンソー州、民主党勝利。

ここに来て民主党勝利が続く。
支持者の表情にも焦りの色が浮かんでいるのをヤスミンは感じていた。

おかしい……。
なぜ、うまくいかないのかしら?
あんな堅物に私は負けているの?
そんな……あり得ないわ。

ヤスミンは無意識のうちに親指を口の中に入れた。そしてギリ、と爪に歯を立て、噛み始めた。

数時間後。
ほぼ全ての開票の結果が出た。

民主党勝利。
すなわち時期大統領はミッツナーリと決まった。

気がつくとヤスミンの爪はネイルは剥がれ、ラインストーンも取れ、ぼろぼろになっていた。今のヤスミンの心境、そのものであった。

リリリリリー。

ヤスミンのスマートフォンが鳴った。
見知らぬ番号が表示されている。
一瞬躊躇ったが、通話ボタンを押した。

「もしもし」
「ヤスミン、結果が出たようだ」

ヤスミンはそれが誰かを正確に悟った。
次に彼が何を言ってくるかも。

「コバヤカワの造反は想定内だった。だから事前に貴様の陣営を切り崩しておいた。前世では負けたが今世で仇を討つことができて、俺は満足だ!」

ミッツナーリは堂々と勝利宣言をした。


初出 201801 第3回ショートショート大賞投稿作


#ショートショート #転生譚 #大統領選挙 #日本史 #投稿作 #落選

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?