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今日はとっても怒っています

 今日はとっても怒っています。フラストレ-ションもいっぱい。今日は、害虫が3匹、小姑っぽい人が2人出ました。害虫さんたちは何とか、上手く対応することが出来ましたが、あとの2人が... 

 押すばかりで、引くことを知らない人たち。正論でも、周りの状況次第で、ただの押し付けになることがあるから、難しいと思う。今の私では、自分がそうしていることに気が付くことで、せいいっぱい、他人にそうされても、アッ、出た!とわかるけど、その人たちを説得できるなんてまだまだ。だいたい口が立つタイプの人たちに、私が言い争っても絶対に勝てないし。相手がひとりなら挑んでもいいけど、2人は私の手に余る。でも黙ってはいはい、言うのも、いい加減疲れるんだよね。

 1回でさよなら、ならまあいいか、と思うけれど、最近何度も会う機会があるものだから、すごいストレスになる。その人たちと会った後、一人になって、部屋を歩いていて家具や柱にやたらぶつかるのに気付いた。腰だの肩だの、あと手の小指をよく、突き指する。また手をのばして何かを取ろうとするときに、距離を間違えて、やっぱり何かにぶつかる。グラスを倒しそうにもなった。私すごく動揺している。身体が怒りでメラメラ燃えている。

 さらに悪いことに、数時間後、全く何も関係ない人から、何げない一言を言われたときに、私が勝手に攻撃されたような気になって、妙に攻撃的な態度をとってしまった。相手の反応を見て、私はやっと自分のしてしまったことに気づいた。驚かせてしまった、ごめんなさい。そんなつもりは全くなかったのだけれど、自分の中にあった怒りが、こんな関係ないところで噴出してしまう、ということがわかった。だからもうこの感情を隠しきれない。なかったことにはできない。もうだめだ。どっかで出さないと。

 家に帰ってから彼に話を聞いてもらう。この小姑っぽい問題って、彼の中でも、彼の家族関係の中で未解決なので、痛いらしく、ほとんど無言で聞いている。私もそれはわかっているので、肝心の言いたいことが言えない。誰が誰にどう投影しているか、わかるのに、悔しい~、誰か私の話を聞いて~。それでまた私は家でも、物にぶつかる。小指が膨れてぶらぶらで力が入らない。かわいそうな小指さん。小さい時からいつもあたられ役。

 これはかなり身体に怒りがたまっている、と思い、周りの人たちの安全のためにも、私自身のためにも(怪我しそうな予感)、物置からためてあったガラスの空瓶を20本ほど引っ張り出し、外に捨てに行った。リサイクルのコンテナ-に一本一本投げ込んでいく。本当なら、大きく振り投げたい気分だったが、それはできないので、あきらめて、ひたすらガシャンガシャンの音を聞きながら、放り込んでいく。

 その時に考えたんだけれど、人間関係でよい雰囲気を保つことはいい。でも仲良くすることはないのかもしれない。そういう間柄でないのであれば。だから私に必要ない、って私が判断した人たちとは、さようならしていいんだよね。すぐにとはいかないかもしれないけれど、気分的に、さよなら。心と心の間の糸を、はさみで切る。会話も必要ないと思われる部分は、聞き流してもいいのかな、と。わざわざ私のことを注意してあげよう、それが正しいと思っている相手の言うことを聞いて、自分に傷をつける価値はないな、と。本当に私のことを大切に思う人なら、普段はきちんとしている春香が、今日はどうしたの?何かあった?って聞くだろう。

 自分の中でわかっていることをわざわざ、教えてあげよう、みたいな態度で注意されると、カチンとくる。やろうと思っているのに、邪魔が入って、後回しにせざるを得ない事情があるのに。それを説明しようとすると、言い訳に解釈される。私の中で色々やることリストがあって、順位をつけて何とか、やりくりしているのに、自分のお願いごとの順位を上げようとやってくる人々が多いから、「うざいわ」「待て!」の気持ちが私の顔に出てるのだろうなあ。これはなんとなくうちの両親に対する感覚っぽいかしら。でもそんなにうちの両親はしつこくは言わなかった気がするんだけれど。

 私もわかって欲しかったのかも知れない。期待しすぎたかな。必要とされることで居場所を得たい気持ちがある。だから、いい人の役をしてしまうんだけれど。何となく社会人だし、大人の振舞いをしないと、っていうようにも思う。だけど境界線をきちんと引けるようになりたい。仲の良くない、でも悪くもない、一緒にいる関係というのがあってもいいのかもしれない。考えたことなかった。なぜかいつも仲良くしないといけない、って頑張ってきた。いつもそうなるわけでもないのに。私の勝手なル-ル、思い込み。

 今日私が嫌だな、と感じた気持ちを日記に書き出してみた。それとどういうふうに対応してほしかったかも。どこではっとした。じゃあ、あなたは、一番身近な彼をどう扱っている?と自分自身に質問してみてどきっとした。あまり親切じゃないかも。私が彼にお願いすることは正論だけど、でも優しくない。彼だって彼のやり方があるはず。それを信頼して任せてあげてたかな?私今日の小姑さんたちと、同じことをやってるみたい。

 だからまず、自分の中のパ-トナ-シップを見直そう。それから十数年前の別の仕事の棚おろし。あることがもとでやめたのだけれど、今日の小姑さんたちといたときに感じたのと、全く同じ感覚のシチュエ-ションだった。もしかしたら、私のしつこい片頭痛は、この時から少しずつ始まっていたのかも。以前通っていた整体の先生。片頭痛を診ていただいたときに、歯の手術で何か取り残したのが、少しあるような気がします、とおっしゃっていた。そういえばこの歯も、別の仕事を辞めてしばらくしてからおかしくなった。アッと、その歯さんが今動いている。どうやら当たりらしい。

 今日の一件は、私の中にある、いくつかの未解決の気持ちを、もう一回向き合ってみる時期が来ましたよ~、というお知らせだったのかもしれない。感謝しないといけないかな、あの人たちに。

今日もお読みいただきましてありがとうございました。芦邊 春香でした。




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