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「楽になる」ということの誤解

 心を扱うセラピーに興味を持つ方は、たいがい心が楽になりたいと考えているものです。もちろん、現在の状況が苦しいと感じているからだと思うのですが、問題は「楽になる」ということがどういうものかということについて、誤解があるということです。

 「楽になる」とは、楽しく生活できることだと考えている人がほとんどなのです。私がこの誤解を問題視するのは、楽しさを感じることができたならば、それで問題が解決したと勘違いしてしまうことです。これは本当によくあることなので、皆さんにも知っておいていただきたいのです。

 心の問題の根本は、自分で自分のことを認めていないことです。だから人は他人から認められることを望んでいるのです。心理セラピーを標榜するものの中には、個人セッションであれ、グループセッションであれ、この希望をかなえてあげることがセラピーであるとしているものが非常に多いのです。とにかくクライアントの言うことを認めてあげさえすればよいと考えているのです。
 それによってクライアントは自分が認められたと感じて、セラピーの効果があったと勘違いするのです。グループで活動しているような場合、自分を受け入れてくれる、お互いにわかり合える良い仲間ができたと思い込むことで、楽になったと思うのです。これはとんでもない誤解です。その心地よさで自分のネガティブな感情をごまかしているに過ぎません。これならば、何か趣味にでも没頭したほうがまだマシというものです。

 これで楽になったと感じる人はこのグループに依存するようになり、そこから離れることができなくなってしまいます。もはやグループの一員として認められることが目的になってしまいます。やがてグループ中心の生活にもなりかねません。つまり信者になってしまうのです。これは本当によく見られることなのです。グループ自体に悪意があるかどうかなど関係ありません。クライアントが安易に求めているものが、形になったものだと言えるのです。
 それまではネガティブな感情に捕らわれていて、今度はグループに囚われてしまいます。結局のところ、何ひとつ変わっていないのです。
 問題の解決は、何かに依存して楽になることではありません。自分で自分を認めること、自己完結できるものでなければならないのです。

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