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心の問題の根本は自己否定

心の問題の根本的な原因

 およそ人間が引き起こす問題のすべての原因はその心にあります。心の問題の原因は自己否定です。自己否定とは、自分のことをダメな奴だ、価値のない存在だと思っているということです。これを私は、「自分で自分のことを認めていない」ということと定義します。これだけではわかりにくいので補足すると、「自分のことを認めていない、だから他人から認めてもらいたいと思っている」ということです。人は皆、他人から認めてもらいたいと思っているのです。だから認めてもらえないと感じるとネガティブな感情を誘発し、その不快な感情を消し去ろうとする振る舞いが、問題になる行動を引き起こしてしまう結果になるのです。

 自己否定に似た概念に、「自分に自信がない」というものがあります。あなたは自分に自信を持っているでしょうか?答えがイエスであってもノーであっても、その理由を考えてみてください。その理由は、他人から認められる何かを持っているかいないかということでしょう。お金、社会的地位、学歴、端麗な容姿、などなど。
 これは自分の所有物(物品に限らず、地位や権威なども含む)に自己同一化していることが原因です。自己同一化とはつまり、それ(所有物)の価値は自分の価値であるかのように考えているということです。
 だから人はそれに固執します。それを失うことは、自分の価値を失うのと同義だからです。それを失うことを極端に恐れるようになります。そしてそれが新たなネガティブな感情の原因となります。したがって一般的に言われる自信を持つという概念は、決して自己否定の解決にはならないということです。
 ストレスとはネガティブな感情のことではありません。ネガティブな感情を否定することです。ネガティブな感情もまた自分自身そのものなので、それを否定するということは、すなわち自分自身を否定することになるので、さらに辛く感じるのです。

 自己否定とは私たちすべてが普遍的に抱えている問題です。それは私たちが生まれてからの成長過程に起因します。それを順番に説明しましょう。

根源は誕生時(生きる本能と死の恐怖)

 なぜ人は自分で自分のことを認めていないのでしょうか?その原因は、私たちが誕生した頃に遡るのです。私たちは皆、赤ん坊として生まれてきます。赤ん坊は自分ひとりでは生きていくことはできません。だから生きるためには誰かに世話をしてもらわなければならないのです。そのためには誰かに存在を認めてもらわなければならないのです。その証拠に、赤ん坊は誕生してすぐは自分で自由に動くこともできなければ、目も見えていない、おそらくは耳も聞こえていないと思われますが、唯一、声を出す能力だけを持って生まれてくるのです。声を出すことによって、周囲の人間に存在を認めさせ、生きる機会を得られるように生まれてくるのです。
 誰かに世話をしてもらうことだけが唯一の生きる手段なのです。もし誰にも存在を認めてもらえなければ死しかないのです。つまり、誰にも認めてもらえないということは死の恐怖を思い起こさせることになるのです。人のネガティブな感情、怖い、寂しい、悲しい、苦しい、悔しいなどの根源は、この死の恐怖にあるのです。
 人間も動物である以上、生死から決して逃れることはできません。一見複雑に見える心の問題も、実はシンプルなのです。根本は生死にあるのです。

「ネガティブな感情は、死の恐怖が根源」

しつけ(権威の喪失)

 私たちは人生の最初の時点では、ほとんどの場合世話をしてもらえます。ほとんどすべての要求に応えてもらうことができます。しかし、生まれて一年ほどすると、その状況は一変します。しつけが始まるのです。しつけとは、すべてを禁止されるということです。それまではすべての要求が認められ、あたかもこの世の王であるかのように扱われてきたのに、この時期に私たちはすべての権威を奪われてしまうのです。もちろん私たちは抵抗を試みます。誰に権威があるのか、誰の命令に従うべきなのか、周囲に教えてやろうとします。これが第一次反抗期です。俗に言うイヤイヤ期です。しかし、試みは空しく失敗します。ここで、自分には権威がないのだということを教え込まれてしまうのです。自分が生きていくためには、誰かの権威に屈服しなければならないということを思い知らされるのです。このとき感じた保護者のイメージが、後の権威の元型となるのです。大きな身体、大きな声、圧倒的な力、これが権威を表す象徴となります。それと同時に、これが暴力の元型となるのです。これは親にとっては心外なことではあるのですが、子供の立場からすると、自分がなぜしつけ、つまり抑圧されるのかが理解できないからなのです。だからこれらを理不尽な強制であると感じるからなのです。
 また、この時期の叱られるという経験が、「自分が悪い」という信じ込みをもつ原因となります。罪悪感の根源となるのです。罪悪感はある意味では社会性を支える上で必要であるとも言えますが、自己否定そのものであるとも言えます。だから相当不快な感情です。そのためこれから人は逃れたいと考えます。ですからどれだけ社会性に欠ける人間でも、「お前が悪い」と言われることを極端に嫌うのです。
 罪悪感にとらわれるとは、その罪悪感を消除することにとらわれるということです。このために社会生活が困難になることも珍しくありません。
 ただ、だからと言って、しつけそのものが悪いということではありません。しつけとは自分の欲求をコントロールすることを学ばせることです。自分をコントロールすることができなければ、社会に適応して生きていくことができません。だから絶対に必要不可欠なことなのです。動物の親でさえしつけを行います。問題は、このときに抱えたトラウマを解消する手段が、この後の人生でとられていないことなのです。とくに、文明化が進んだ社会では皆無に等しいと言えます。

性格とは
 子供の頃の私たちは、このような状況でも何とか少しでも自分の権威を保持しようと企みます。そのため保護者に対して駆け引きをするのです。どこまでの要求なら認めてもらえるのか、また、どのようにすれば認めてもらえるよう相手をコントロールすることができるのか、慎重に、狡猾に保護者と駆け引きをするのです。この結果、もっとも自分が有利になると思われる行動パターンを身に着けることになります。この行動パターンを一般に性格と呼ぶのです。「三つ子の魂百まで」とはこのことです。性格とは後天的なものであり、保護者との関係の中で形成されるのです。したがって子供が何か問題を起こせば「親の顔が見たい」と言われることになるのです。
 性格とは、ある意味その人が信じている世界観を体現しているものなのです。「世の中とはこういうもの」という信念を反映しているのです。だから、自分の性格を起因とする考え方、振る舞いが認められないことを受け入れることは非常に困難なのです。

思春期(社会性の未形成と自己否定の確立)

 そして私たちの人生に大きく影響を与える時期がもう一つあります。それは思春期です。思春期とは身体が大人と同じになったということです。したがって、生物としては保護者と対等です。だから自分たちも権威を認められるべきだと考えることになります。これが第二次反抗期です。この時期は動物で言うところの巣立ちの時期なのです。
 しかし、とくに文明化が進んだ社会では、この時期の年齢ではまだ大人と対等とは認められません。したがって自分のコントロール、抑制が求められるのです。「結局なにも認めてもらえない」これが自己否定を決定づけるのです。
 またこの時期は社会性を確立するべき時期でもあります。人が巣立つということはすなわち社会の一員として生きていくことを意味するからです。しかし当然のように社会もこの年齢の人間を一人前と見なしません。私たちは社会からも認められないと感じるのです。そしてそれらを恐れ、憎むようになるのです。この時期に問題行動に走るのも、保護者の権威下から脱出し、社会に自分を認めさせようとしているからなのです。その行動が問題を引き起こすのは、自分が権威を示す方法だと唯一信じている方法、つまり子供の頃に理不尽だと感じた大人のやり方を用いるからです。彼らは権威を主張する方法をそれしか知らないからなのです。あくまでも子供の知識と論理で考え、行動する、だから社会と適応することができないのです。

 かつて文明化が今日のように進んでいなかった時代、実はこのトラウマを解消させるためのシステムはほとんどの社会で存在していました。それは通過儀礼などと呼ばれるものです。何らかの儀礼を遂行すれば、社会から大人として認められるというシステムです。これはそれまでのトラウマを和らげるとともに、個人に社会の成員としての自覚を促す非常に優れたシステムなのです。しかし現在の文明社会では、それらはすっかり形骸化されてしまっていることは言うまでもありません。まったく本来の機能を果たすことはありません。
 それまでさんざん否定され、抑制を強いられてきたのに、ある年齢に達したらいきなり大人としての自覚をしろと言われるのですから、私たちにとってこれは理不尽この上ないことです。社会に対して、不信と反発を覚えるのも当然のことと言えるでしょう。

 こうして私たちは、自己否定を抱えたまま社会を形成する一員となり、子供を育て、あるものは大きな権力を得て社会をリードすることになるのです。その結果どういうことになるのかは歴史が証明しています。往々にして社会は、個々の自己否定の反映であると言えるのです。
 社会の問題も、結局はそれを構成している個人の問題に還元されるのです。この世の問題のほとんどすべての原因が、人間の心の問題、自己否定にあるのです。


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