見出し画像

争論をしたがる理由としての自己否定

 人々は自分たちの意見を言い合うとき、得てして争論になりがちです。ここで言う争論とは、議論のことを意味しません。議論とはなにがしかの結論を導き出すためにすることと考えられますが、争論とはただの言い争いです。たとえ議論の体裁をとっていたとしても、争論でしかないということもよく見られます。その違いを理解していないのでしょう。


 議論とは、何かの結論を導くために行う問題解決の手段です。そのためにお互いの意見を比較検討するのです。争論とは、ただそれぞれが自分の主張を言い合うだけです。いろいろと理屈をつけては、ただ自分の意見を認めさせようとするだけの行為です。他人の考えなど聴く耳を持たないどころか、攻撃対象に過ぎません。


 人々はなぜこのような不毛な争いをしたがるのでしょうか?それは自分を認めさせたいからなのです。本当は意見の内容などどうでもよいのです。ただ自分を他人に認めさせたいというだけなのです。その理由は自分で自分に確信を持っていない、つまり自分で自分を認めていないからなのです。
 自分で自分の意見に確信を持っているならば、それを他人に認めさせる必要などありません。自分は自分、他人は他人というわけです。他人の意見が気になるのは、自分に確信がないからです。他人が違う意見を主張したならば、自分が否定されたような気がして怒りが込み上げてきて、争ってでも自分の意見を認めさせようとするのです。


 自分と違うということは相手の方がが間違いなのだ、という信念をほとんどの人が持っています。それが争いの元になることも経験上よく知っています。だから円滑な人間関係を望む場合は、相手の意見に合わせようとするものです。それが相手を尊重すること、相手に敬意を示すことだと信じられています。そしてそれは当然のことながら、ストレスとなります。相手の意見に合わせないと人間関係がうまくいかない世の中とはつまり、誰も自分を信じていないし、また信じることを否定される社会なのです。自分の頭の中まで抑圧しなければならない世界なのです。だから元から自分の意見を持とうとしないようにする人も少なくありません。「もはや自分の意見を持つことは煩わしいだけだ」、それはまさに自己否定そのものです。


 そして人は、この自己否定の苦しみから逃れようとするのです。そのために、外部にその解決策を求めます。そこで多くの仲間がいる意見を自分の意見とすることにします。仲間がいるのでお互いに認め合っているように感じます。それで自分が認められた気になれるのです。そこは自分にとって心地よい居場所になります。そしてその居場所を守るためにまた、自分たちとは違う意見を持つ人々と争うのです。
 自分の意見を持つべきだという価値観が世間では一般的であるので、そうしようとする人は少なくありません。しかしほとんどの人が、自分の意見に自己同一化するという誤謬を犯しているのも事実です。それが他人と意見交換するときに、問題を引き起こす原因となるのです。
 真面目な人ほど、一生懸命考えて自らの意見を構築するものです。しかしこの真剣さがより意見との自己同一化を強めるのです。自分が考えに考えて達した結論であるので間違いがあるはずがないと確信しています。そしてそれは自己同一化によって自分に対する確信にもつながっているのです。真摯であればあるほど頑なになるのです。


 自分の意見を持つことに価値を見出すのは、実はそれに依存することができるからです。自分の意見は考え抜かれているので、どんな批判であろうとも論駁することができるという自信を持つことができます。つまり自分の意見とは、自分の強さを誇示することができるものであるのです。強さを誇示するには結局、争いをしたい、そして勝ちたいと望んでいるということなのです。「お前の言うことは間違っている、なぜならば○○だからだ。」こう他人に言ってやりたいのです。そうすることで自分の尊厳を確認したいと思っているのです。つまりは、敗者に依存しようとしているのです。他人に認めさせようということは、他人に認めてもらいたいということなのです。
 したがって、自分の意見を持つことが、争いの元になるという結果につながってしまうのです。だから自分の意見を持たない方が問題は起きないと考える、これは一面、正解のように思えます。しかしこれは、煩わしい争いを避けるという大義名分のもと、自分で考えることを放棄しているに過ぎない、これもまた自己否定そのものです。また、自分の意見を持たないのは、同時に他人の意見も聴かないということであり、自分も他人も尊重することができないことになります。


 自分の意見を持つということは、自分の人生の指針になり得るので、その意味では大切なことであると思われます。しかし、それを通じて他人に認めてもらおう、認めさせようとすることは完全に間違いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?