審判のAI化は世界を悪い方向に導く

…という過激なタイトル。といいつつもあながち間違いではないんですが。

近年野球の分野において、MLBだと2015年からStatcastというものが出てきたりなど、野球を詳細に分析するために弾道測定機器トラックマンの台頭など、よりデータをたくさん集めて、詳細に野球を分析するということがブームです。

これにより、システム(一般的にはAIって言った方がわかりやすいかな?)が容易にストライクゾーンに入ったかどうかを判定できるようになっています。

これにより特に誤審があったりすると、「審判はいらない、早くAI化しろ!」とか言い出す人がいます。

今回の話の主張としては、「それは間違いである」ということを主張したいと思います。

ストライク・ボールの意味

まずは、そもそものストライクとボールの意味からお話を。

ストライクの場合、審判は"Strike!"とコールします(当然です)。このStrikeとは日本語で「打て!」という意味。ベースボール草創期は"Good ball,strike!"、すなわち「良い球だ!打て!」と言っているわけです。(Wikipediaより)すなわち、ストライクとは「打てる球なのに打てなかった(打たなかった)」ときにコールするもの。

ちなみにボールは、打つスポーツである野球における"unfair ball(不正球)"、すなわち、打てないボールに対してコールするものです。

以上より、ストライク・ボールの判定ってそもそも「打てるか打てないか」。「打てるかどうか」っていうのは完全に審判の主観なわけですから、そもそもの話としてストライク・ボール判定は審判の主観でジャッジするものなわけです。

だからこそ野球規則9.02(a)によりストライク・ボール判定に関する抗議は行うことはできません。そして野球規則9.02(a)の原注にはさらに、そのルールを無視して抗議をすることを目的に監督がベンチから出てきたり、バッターがベンチに帰らなかったりなどをした場合、審判から警告が出され、それを無視しても抗議を続けた場合、退場処分になります。

しばしばこれに従って審判がジャッジしたにもかかわらず、「選手がかわいそう、審判おかしいだろ」っていう話はあると思いますが、多分野球規則を知らない故の意見なのでしょう。

9・02『審判員の裁定』
(a)打球がフェアかファウルか、投球がストライクかボールか、あるいはランナーがアウトかセーフかという裁定に限らず、審判員の判断に基づく裁定は最終のものであるからプレーヤー、監督、コーチまたは控えのプレーヤーがその裁定に対して異議を唱えることは許されない
「原注」ボール、ストライクの判定について異議を唱えるためにプレーヤーが守備位置または塁を離れたり、監督またはコーチがベンチまたはコーチスボックスを離れることは許されない。もし宣告に異議を唱えるために本塁に向かってスタートすれば、警告が発せられる。警告にもかかわらず本塁に近づけば試合から除かれる

ストライクゾーンとは?

前節では、「ストライク・ボールは審判の主観」という話をしました。しかし審判はルールを司るわけですから、可能な限り客観的なジャッジをしなくてはなりません。そこで、ストライクゾーンというものが登場します。

ちなみにここでの話は、NPB審判員が解説してくれてるこの動画とかこの動画がわかりやすいと思いますし、ほぼこれらの動画の話をします。

野球規則2.73でストライクゾーンは定義されており、ホームベース上の、膝から肩とベルトの間の空間のこと。

画像1

野球規則2.72ではここをインフライトで通過、すなわちストライクゾーンをバウンドする前に通過した場合、ストライクと判定することと記述されています。

しかし!このルールをそのまま適用すると、例えば極端な例として、以下の図の赤線のような、ベース上にバウンドしても、バウンド前にストライクゾーンを通過していたり、逆に高さはめちゃくちゃ高いけど、ストライクゾーンの一番キャッチャー寄りの部分をかすめていたら全てルール上は「ストライク」になります!下図だと、低めのボールに関してはベースの真ん中でバウンドしてるし、高めなんかベース中心では頭の高さですけど、ルール上は「ストライク」です。

画像2

極論のように思えますが、実際に日本にも多田野数人というピッチャーが日ハムにいたのを覚えているでしょうか?

この動画を見ていただければ非常にわかりやすいのですが、通称イーファスピッチと呼ばれる、超スローボールの山なりのボールをたまに投げていました。

先ほどの動画、ちゃんと見ていただければいいんですが、バッターが振っていない時、審判は全て「ボール」と判定しています。が、先ほどの定義にのっとると、いくつかはストライクじゃないですか??(キャロル、松中の初球あたり、ガイエル、松田あたりも際どい)

もし、これがストライクと判定された場合、「Good ball,strike!」と言うそもそもの起源も踏まえると、「いや、その球、ストライクゾーンに入っているんだから打てるだろ!」ということになります。

起源と一緒にするなとか怒られそうですが、そもそも、ストライクゾーンは一般的にバッターが打てる範囲内を示しているわけですから、ストライク判定されるということは、打てる範囲内の球であると言う意味では『ストライクとコールされるということは、打てる球である』と捉えても間違いないはずです。

しかし、これが本当に打てる球なのかというと少し疑問が残ります。

確かに、ストライクゾーンに入っている部分でバットを出せば打てると思いますが、コースによっては「ワンバウンドしているけど、ストライクゾーンに入っているから、打てる可能性あったわけだし、打てよ!(=ストライクコール)」されるのは疑問が残ります。

そしてある程度うまいレベル(プロや高校・大学・社会人野球などのアマチュア)だと、TV中継などで、ほぼ真後ろから見れるわけで、万人が納得いくコールが求められ、この点からもこれをストライクとコールすること自体に疑問が残ります。

何を言いたいか。この画像や多田野投手の様な例はなかなかまれですが、ストラークゾーンに入ったからストライクという単純なジャッジでは問題があるわけです。

この節の冒頭で示した動画でも、NPBの審判員が、「ストライクゾーン内でも、ワンバウンドの球をストライクと判定してしまうと、万人が納得できる判定ではないため、ストライクとコールしていない」という内容を述べています。
(そのため多田野投手のイーファーストピッチも、単純にストライクゾーンに入っていないのではなく、上記の理由で全てボールと判定されているのではないかと推測します。)

だからこそ、審判で求められる客観的なストライク・ボールの判定とは、ストライクゾーンに入ったか入ってないかという基準ベースからみた客観による判定ではなく、審判の主観から見た客観的に打てる球であると判定することなのではないかと思うわけです。

まとめると、ストライクとは、ルール上はストライクゾーンに入っているかどうかだが、運用上は、ストライク、ボールは審判の主観で決めているし、そうしないと不具合が生じるということです。

審判のAI化についての主張

もう、ここまでお話すれば自明だと思いますが、審判のAI化、これは間違っています。理由は、上記のようなことが起こるから。

トラックマンでは、ストライクゾーンに入ったかどうかは判定できますが、この基準のみだと上記のことが起こった場合、全て「ストライク」と判定されます。確かに「ストライクゾーンに入っているからストライクでいいだろ」って意見もあると思いますが、すると、投球は上記ばかりになります。なぜ?打ちにくいから。しかも球速、というよりもボールの落下速度が速ければより点で確実に打つことが求められるため打てない。このような投球ばかりの野球を野球と言えますかってことです。すなわち、ストライクゾーンに入ったかどうかだけでの判定では確実に、審判AIにはバグが生じるということです。

上記のようなことが起こらないためには、どうすればいいでしょう?

問題なのは、軌道。ってことはストライクゾーンに入るときの角度を定義しなくてはいけませんね。ただ、これってどうやって決めるんでしょうか?入ってくる時の角度が何度以上ならボールっぽいって決められるんでしょうか?コースによって(ど真ん中なのか、ほんと手前だけかすっててワンバウンドになるのか?)で違う気がしますが。例えば曲がりの強いカーブとかが低めに決まった場合、上記のことが生じる可能性は大いにあると思います。ならカーブは全てボールになるのでしょうか?同じカーブでもど真ん中に決まったカーブがボールになってしまうわけです。でも、それはさすがにストライクかと。次にアンダースローのパターン、これも別に補正しないとダメそう…。

すなわち、ストライク・ボールの例外っていっぱいあるし、そもそもそれら全部主観で判定していたわけですから、それらを客観に落とし込むというのはなかなか難しい。審判にアンケートとか取ればできないこともなさそうだけど、そこでできた審判AIって、果たして客観的に正しくなる?多分カバーできてない部分って残ってるから精度としては結局今とそんな変わらなくね?そっちの方が人間じゃなくシステムだから納得できるってことかな?

さらにシステムのバグは出たタイミングでそのバグを修正、修正してもまたバグが出てきたらまたその修正と、いたちごっこになりませんかね?

あと、判定の責任の所在って…どうなるんですかね?審判?審判AI作った人?って議論しようとすると、「今の審判も責任あるんか?責任取らんやん」とかいうクソリプ来そうなので省略しておきます。(ミスったらニュースになるレベルでバッシングされるので、基本的に責任持ってジャッジしていると思いますが…)

結論:
・審判AIを作ることは、真の客観に近づけるためには想像以上にコストが高い。
・どんなに修正しても審判AIのバグは出てくる可能性はある。それをまた修正というようないたちごっこの可能性。
・ジャッジの責任の所在

議論の拡張:AIについての主張

これ事実、審判だけでなく、AI全体に対して言える話だと思います。

それこそ自動運転、責任の所在は?システムうまく組んでも、バグはあると思うけど、そこら辺なくせないよね?本質は上述と同じです。

それ以外、完全に機械に頼ろうといっている部分、単純作業なら任せてもいいんですが、最近は意思決定をも機械(すなわちAI)に任せようとしている現状。機械の意思決定って言うほどそこまで正しいもの??

それこそ機械の意思決定にばかり頼っていたら、知らない間に人間の意図しない方向に機械が導く可能性って言うのは大いにある。

これを一般に技術過信といいますね。

AIの使い方の真の答え

じゃあ、どうすればよいのでしょうか?最終的には人間が意思決定すべきというのが僕の主張です。

人間が最終的に意思決定すれば責任は人間、そしてバグが生じても、最終的な意思決定の段階でそこで決定の躊躇が行える。AIは人間の意思決定のアシストのためにあるって考える方が良いと思います。

単純作業は機械に任せて最終決定は人間がやる。これが答えです。(正直ここら辺ってAIのお話でも一般的にも言われてそうなことですが…)

じゃあこれを審判AIに応用したとき。

答えは「ストライクゾーンの判定は機械(審判AI)に任せて、最終的なジャッジは審判が行う」です。実際にMLBでもテストしてるのですが、トラックマンで取得したストライクゾーン内かどうかを審判に伝え、コールするというもの。

正直、伝えられた情報通りにジャッジしなくてはならないかどうかはわかりませんが、もし伝えられた情報通りジャッジしなくてもよいならばこれは正解だと思います。

ストライクゾーンにかかっていたかどうかは機械が判断、その結果を人間がジャッジ(最終的な意思決定)する、そうすれば責任の所在もそうですし、そもそものストライクの意味「ストライクゾーンを基準に審判の主観で打てるかどうかを判断する」というところに非常に合致します。

ただ、フレーミングというブロッキングとともにキャッチャーに必要な要素の1つが失われてしまうのは野球の面白さを減らすことになってしまい、寂しい…。野球の要素に審判がある以上、審判の要素が抜けると、野球の要素が抜ける。同時にそこにあった面白さも抜けてしまうのは残念だと思います。

また、審判を完全になくし、全て機械にする。現実的にはできないことはないと思います。ただ、審判ってジャッジを下す”モノ”ではなく、野球の重要な要素の1つであり、面白さの1つ。その証拠に審判にも(少数ながら)ファンはいるし、NHKの球辞苑でもやられるほど。審判のやり方みたいな本も多数出版されてますしね(少年野球の運用上必要なだけかもですが…)。

最後、以上の議論から少し過激かもしれませんが、審判はいらないっていう人、多分ここまで考えたうえでの意見じゃないんじゃないですか?もう少し野球の審判についてと近年トレンドのAIについて、もう少し勉強してから出直してきてもらいたいと思う次第です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?