パワハラ(いじめ・嫌がらせ)は「減った」のか?

2021.9.3記 2023.7.18追記

 パワハラ実態の統計は、毎年6月末に厚生労働省から公表される「個別労働紛争解決制度の施行状況」を引用することが一般的です。今年も令和2年度(2020年度)の結果が6月30日付で公表されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000797476.pdf
 この資料の「相談件数」のうち、「いじめ・嫌がらせ」がパワハラに当たります。

 ここ数年、メディアや士業ブログ等でこの「いじめ・嫌がらせ」件数に言及するときは
・「8年連続増加」
・「他の『解雇』や『労働条件の引き下げ』などの項目を抑えて今回も件数トップ」
などと紹介されることが多かったようですが、今年はちょっと様相が違うようです。

 なぜなら、今回の「いじめ・嫌がらせ」の絶対数は、他の項目と比べては相変わらず最多の件数ですが、昨年の87,570件に対し79,190件となっており、数字上は8,380件の減少(9.6%減)と公表されたからです。
 これは一体どういうことでしょうか?
 労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止対策法」が満を持して昨年(2020年)6月から施行されたため、一気に効果が出たのでしょうか?
 この点についてある程度推測してから7月1日の午前中に厚労省に電話をして確認してみました。
 余談ですが、実はその後も「他の項目と比べて最多」を報じながらも、数字の「減少」について解説する記事は見当たりませんでした。
 厚労省の回答は予想通りでした。要するに、法律が違うので管掌部門が違い、数字の取りまとめ方も変わった、というのが結論でした。

 まず、「いじめ・嫌がらせ相談件数」の根拠は「個別労働紛争解決促進法」ですが、労働施策総合推進法で措置義務を課されたのは先行して大企業だけであり、中小企業については2年間は「努力義務」という猶予期間が設けられ、来年(2022年)4月からの施行となっています。

 つまり今回発表された「施行状況」では、この大企業分がそっくり除かれていて、中小企業の労働者あるいは事業主からの相談だけになっています。
 そして「労働施策総合推進法違反の疑いがある相談」、すなわち大企業でのパワハラ相談関連については、「労働基準法の違反の疑いがあるもの」というまことに大雑把なくくりの19万件もの別の項目に仕分けされてしまっているとのこと。

では、大企業分の相談件数の内訳はわからないのでしょうか。「施行状況」の3ページ、脚注の中に<参考>として「同法(労働施策総合推進法)に関する相談件数:18,363件」とあります。
この数字は全国の労働局の雇用環境・均等部(室)が窓口となり、
「令和2年度雇用環境・均等部(室)における法施行状況について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000799643.pdf
という資料の中に今年度から新たに「3 労働施策総合推進法の施行状況」として発表されたものから持ってきたようです。

ところがこの雇用環境・均等部(室)の資料を見ると、「相談内容の内訳」が
 ●「パワーハラスメント防止措置(労働施策総合推進法第30条の2第1項関係)」
 ●「パワーハラスメントの相談を理由とした不利益取り扱い(第30条の2第2項関係)」
 ●「その他」
となっており、項目分類が今までの発表とまったく違いますので、今までの数字と同列に比較して論じることができない建て付けになっています。

つまりは、法令執行状況の取りまとめ部署が法令の管掌の違いによって本省で違う部署になっているからと推察します。

局としては同じ雇用環境・均等局ですが、個別労働紛争解決の方は総務課労働紛争処理業務室、労働施策総合推進法の方はセクハラ、マタハラ等とともにハラスメントを一元的に束ねる雇用環境・均等部(室)となっており、サイト上で公表する場所も違います(個別労働紛争は ホーム > 報道・広報 >報道発表資料、労働施策総合推進法は ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 雇用・労働 > 雇用環境・均等 > 事業主の方へ )。
おまけに余談ですが雇用環境・均等部(室)の資料は公表日が記載されておらず、年度内のいつの段階で発表されたものかが不明です(過去のPDFのURLを追っていくと6月らしいという推測はできますが、公的に「公表します」というリリースがないため「いつのまにか」公表されているという実態かと思います)。

そこで、7月1日の午前中に、厚労省雇用環境・均等局総務課に電話してみました。個別労働紛争を管轄する方です。
そして「今年の79,190件に<参考>で示されている「同法に関する相談件数:18,363件」を足し込んで、合計97,553件と考えても良いか」と尋ねました。
ご担当の答としては「厳密に言うと、違う軸を基準としてまとめられた数字なので、そこには入っていないものも、入っているものもある。単純に説明しにくい」。
では、昨今の傾向としてあながち間違ってはいないので、ハラスメント防止の講師としては企業内研修で「パワハラが減った」と表現するより、厳密な精度はともかくこの足し込んだ数字の根拠を説明しながら「相変わらず増加傾向にある」、と表現しても良いのか?と踏み込むと、「まぁ、そうですねぇ」。
とほほ。

せっかく尋ねたのに気の毒に思ってくれたのか、でも来年度以降、中小企業にも措置義務化されれば数字としての整合性は取れる、とも。
あ、でも来年度から中小企業でも施行で、企業規模に拘らない1年目の結果が出るのはさらに翌年、すなわち令和5年ですね?というと「その通りです」。
なるほど。

しかし、恐らくそこから先のパワハラの状況についての公式な数字は、「雇用環境・均等部(室)における法施行状況について」の「第30条関係」という条文のくくりに基づいて、
 ・相談件数
 ・是正指導件数
 ・労働局長による紛争解決の援助申立受理件数
 ・優越的言動問題調停会議による調停申請受理件数
の4分類で統一されていくことと推察しています。

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