専門外のニュースにどう接するべきか?

危機が訪れると、突然多くの人の前に専門知識が氾濫する。
東日本大震災の時の原発事故のときも、今も。そしてこれからも。
有名な人、立派な肩書きを持つ人。テレビではそんな人の声ばかり。SNSでは、噂話ばかり。
大学院生として、研究するようになった今、巷のニュースとどう向き合えばよいのだろうか?
専門外のニュースと向き合う。そのあるべき姿を少しだけ考えてみたい。

知らないことに出会うこと。そしてそれを知ろうと思うこと。大学院に入ったばかりの頃との類似

目の前に知りたいことがある。
でも、どこから手をつけて良いかわからなくて、とりあえず有名なものを信用してみる。有名な人の本を読んでみる。
きっと、大学院生なら誰でも、こんな経験をしたことがあるはず。そう、研究室や大学院に入ったばかりの時に。
少し、その頃のことを思い返してみよう。

初めて論文紹介をした時はどうだったか。
論文というのは、最先端の発見を親切に伝えてくれる書類だ。
論文の始めには論文の背景が書いてある。何を出発点・参考にしたかが丁寧に描かれていて、どの資料を読めばさらに詳しく理解できるかがまとめてある。初心者はまずそれを鵜呑みにして、そこから論文紹介を始めようとする。
ある程度論文紹介用の資料をまとめ、先生にアドバイスをもらいにいくと、いつも論文の背景について問題を指摘される。これは論文が間違っている、というわけではない。論文の背景の数十年の研究の結果が反映された議論は、単に論文を読み込むだけでは到底理解できないのだ。

論文には背景となる事柄が一つ書かれているけど、もしかしたらそれは、複数ある中で一番関係のある一つを選んで書いただけかもしれない。重要だけど、あまり本文に関係ないことは省略されているかもしれない。そもそも、その論文の筆者が注目していることが、周辺の分野の中でどのような位置付けなのかがよくわからない。
例えるなら、森の中に道があり、入り口の看板にはその道を進んだ先には何があるかが丁寧にまとめられている。でも、その看板にはこの森の中に他にどんな道があるのかは書いていないし、自分の行きたい場所がこの道の先にあるものなのか、ということはわからない。

きっと、どんな資料だってそうだろう。
筆者がいる。筆者の気になる事と注目していることがあり、丁寧な文書だとその気になることの背景と自分の調査したことのまとめがわかりやすく書いてある。同じところに行きたい人にとってはすごく便利だ。でも、初心者はどこに行けばいいのかがわからないのであり、闇雲に資料を読んだところで、行きたい場所に行けるとはかぎらない。
そんな時、論文紹介の時、論文の背景を理解するために、私はどうしていたか?
引用されている論文をいくつもいくつも読み込むか、というやり方もあっただろうが、私は詳しい人に理解の助けになりそうな論文を紹介してもらい、それを読んでいた。詳しい人が近くにいるからこそ、私は新たに学ぶ専門の背景を理解できていたのだろう。

資料に書いてあることを信用するのは、間違いではない。ただ、初心者には親切な資料を、論文のはじめに書いてある背景の部分を読むことすら困難なだけ。
目の前の資料の背景にある事柄や自分の気になる事と、その資料に書いてあることの違いを認識するのは、きっとそんなに簡単ではない。
そんな背景をきちんと認識するには莫大な時間がかかる。それが専門と専門外の違いなのだろう。

何も、論文ではなくても、こんなことは起こる。

ある人の発言を適切に認識するためには、その発言の背景を理解するためには、莫大な時間がかかる。
何もこれは専門・専門外というフィールドだけで起こることではないと感じる。
最近、SNSでフォローしている人が批判されていた。その批判は、“〜〜していない”という種類の批判だった。ただ、その人は実際にはそれをやっていて、批判をしている人が知らないだけだった。

そりゃ、SNSで過去の発言をしっかり遡るのは時間がかかる。ずっとフォローしている人なら、こんな場所でこんなことを言っていたな、という感覚があるから、過去の発言を遡るときもあらかじめあたりをつけて検索できる。
全く知らない人なら、こんな時短テクはできない。端から遡っていくだけ。そんなの時間かかるし、過去の発言をうまくまとめた資料に運良く巡り会えるとはかぎらない。

どんな資料でも、背景があり、その背景を理解しないと、正しく理解できない。
ただ、その背景こそが、外の人には理解しづらく、勘違いしやすい部分なのだろう。

専門外のニュースとどう向き合うか。一つの案。その場しのぎの案。

じゃあどうしたら良いのだろう。一つの案を考えた。良い案ではない。その場しのぎの案だ。

自分が知らないという前提に立って行動する。

ソース(情報源)を明示して話す。
この情報源ではこうなっている、そうするとこうだと思うけど、どうなんでしょう。他の情報知りませんか?
というスタンス。
もし相手が親切な人で、その情報に詳しい人なら、情報源と今の話題の違いを指摘してくれるだろう。自分に抜けている議論を指摘してくれるだろう。

自分の気になることを議論している資料を探す。
自分の気になることと同じことを気にした専門家がどこかにいるに違いない、
というスタンス。
自分の気になることについてまとめている資料が見つからないなら、それは専門用語など違う形で表現されているとか、自分には思いつかない別の方法で記述されているのだろう、という前提に立って、別の観点から資料を探してみる。

いずれにしても、相手がすごく優しくて、すごく親切で、すごく詳しくないとうまくいかない解決策。単に、その場しのぎ。

世の中の人は、専門外のニュースとどう向き合っているのだろうか?

最後までお読みいただきありがとうございます。私たち大学院生にとっては、多くの人に実情を知ってもらうことがなによりの支援になります。普段の会話やSNSで大学院生について話題にしていただけると大変ありがたいです。