【東村山問題振り返り】 フェミ流イチャモンの元祖「セクハラ裁判」
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フェミに絡めて東村山問題の振り返りをしてみる
2週間ほど前に、吉祥寺の米屋に対する嫌がらせ騒動と絡める形で、東村山問題に関する記事を掲載した。
この時は「東村山問題とはなんぞや?」という基本の流れをお伝えすることに終始してしまったが、この問題には今現在にも通じる様々な要素があれこれと含まれていた。
そのひとつが「エセ人権屋やフェミによる難癖」である。
今回はこの点に絞って語っていくので、東村山問題の全景を知りたいという方は、下記の旧ブログの記事などをご参照いただきたい。
東村山問題にクビを突っ込むことになったキッカケ
さて、今回取り上げたいテーマは、フェミが常套手段のように使っている「あまりにもインチキな言葉の捻じ曲げ」と、「それを用いた難癖」についてである。
そもそも、私が東村山問題に深く関わることになったキッカケは、薄井政美(うすい まさよし)氏という人物が、2007年に東村山市議会選挙に当選したことだった。
詳しくは旧ブログに散々書いたが、薄井氏はマンゾクという風俗誌を作る会社で働いており、そこを退社して、地元の東村山市議会選挙に出馬した。
その結果初出馬で初当選を果たしたのだが、当選直後から東村山問題の中心人物である矢野穂積と朝木直子(通称:草の根)から、度を越した誹謗中傷や嫌がらせを浴びることになった。
連中は矢野がサヨク活動家出身であるため、お家芸とばかりに自作のアジビラを東村山市民の家に勝手に投函していたり、そのWEB版で自分達の偏った主張を垂れ流していたのだが、連日連夜そこに薄井市議への中傷が書かれ続けたのである。
さらには「薄井は政治家として相応しくない辞職させろ」と騒ぎ出し、自分達のお抱えの "市民" を焚き付けて "薄井市議の辞職を求める請願" を出させ、自分達がその紹介議員となるなど、手段を選ばぬやり方で本気で辞めさせにかかったのだ。
↓参考資料(思えば要有紀子さんとはこの頃からの付き合いでした)
ところが、草の根が調子に乗って薄井市議の前職を問題とし、「薄井は風俗誌を作っていた売春肯定論者だ! 汚らわしい! 市議の資格ナシ!」とアジビラで大騒ぎしたことで、話が草の根の想定を超える広がり方をし始める。
まず、そのせいで私の元に「薄井が大変だ!助けてやってくれ!」という依頼が飛んで来て、AV業界時代の恩人・三代目葵マリーからの発注だったため断れず、私は即座に東村山にすっ飛んで行って薄井氏へ取材をした。
これを当時50,000PV(/日)という規模だった自ブログに掲載し、また出版系の知人に話を回したことで「東村山に時代錯誤の職業差別をしている妙な連中がいるらしい」という情報が、広くメディアに流れるようになった。
しかも、その "妙な連中" を掘り下げてみたら、95年に議席譲渡事件という前代未聞の事件を起こした当事者達だし、関連する膨大な量の判決文を確認してみたら裁判所に濫訴魔だのサイコパスだのと認定されているような輩(※)だし、単に「職業差別をして同僚市議を辞めさせようとしている変な市議がいる」というサイズ感では収まらなくなってしまったのである。
自らゾーニングされたページを覗いて「セクハラだ!」と騒ぐ愚か者
この草の根による薄井イジメで印象的だったのが、草の根の司令塔である矢野穂積ではなく、ベビーフェイス的立場でいることの多かった朝木直子が矢面に立ったことである。
ちなみに朝木直子は今も現役の東村山市議だ。
朝木直子は薄井落としのために、薄井氏がサラリーマン時代の仕事として請け負ってた "風俗店紹介動画" を取り上げ、これを「見たくないものを見せられた!私に対するセクハラだ!」と奇天烈なことを言い出した。
薄井氏が務めていたマンゾクは今も昔も18禁であり、エロコンテンツに辿り着くためには、まず年齢認証ページを通らねばならない。
朝木直子が薄井氏の動画を見たならば、それは大前提として「自分の意志で年齢認証ページを突破して動画を見た」ということになる。
それなのに朝木直子は「私は薄井にセクハラをされた」と言い出したのだ。
また、その朝木に援護射撃をする形で矢野穂積も「薄井は違法行為である売春肯定論者だ、市議の資格なし!」と大騒ぎをした。
この図式を皆さんもどこかで見ているのではないだろうか。直近ではAV新法の騒動の際にあちこちで見られた光景だ。
セックスワークの全てを雑に "違法行為" で括り、「それを擁護するアイツらは違法行為を庇おうとする反社だ!」とする論調を、どれだけ目撃したことか。
この朝木直子・矢野穂積という人物は、今から十数年前にこれと全く同じ手法で、同僚の市議の足を引っ張ろうと画策していたのである。
ちなみに、矢野穂積も朝木直子も "自由人権協会員" "市川房枝記念会員" "アムネスティ会員"と、多少の金で貰える肩書きをゴテゴテと装備している典型的な「自称:人権派」である。
そんな肩書きを持ったヤツらが堂々と職業差別している訳で、私は思わず各団体に電話で問い合わせてしまった。「お前のとこの会員がとんでもない差別活動をしてるんだけど」と。
その結果、アムネスティなどは「会員というのは我々の活動に賛同して寄付金などを払って下さっているということであって、我々が各会員様の活動を支持しているということではないのです」と全力逃亡。
市川房枝なんて日本の女性運動の歴史の中心的存在だし、こういう「権威を悪用する」という点も、サヨク系のインチキ団体のお約束だと言うよりない。今もいるよね、何かあると「国連にご注進します♪」みたいなことを言うヤツが。
この騒動がどうなったかというと、まず薄井市議(当時)への辞職を求める請願などは、一切が不採択とされ、薄井氏の当選および市議資格には何の問題もないという当たり前の結論となった。
話はそれだけでは終わらず、2008年には薄井氏の方から矢野・朝木を訴えたのだが、この裁判の流れが非常に酷かった。矢野穂積らは何度負けても挫けずにあの手この手で裁判を長引かせ、最高裁が不受理の判断を下すまで実に4年間も続いたのである。
しかも、その間に草の根はアジビラに裁判所の判断を捻じ曲げまくった情報を掲載し、「薄井またまた敗訴!名誉毀損ではないと認定!」とデマを堂々と垂れ流したのだ。
おまけに自分達が追求を受ける立場になるや、こうやって乱発した訴訟を理由に「係争中の話を公の場でする(議事録などに残す)事は不法行為だ!」なんて暴れ始める始末……。
薄井氏が本当に敗訴したのか、名誉毀損が否定されたのかは、我々が必死こいてまとめ上げたDBをどうぞ。
結果として草の根は、薄井氏に対して100万円の賠償金の支払いと、草の根の自前メディアのひとつである多摩レイクサイドFMでの謝罪放送が命じられた。
あまりにも悲劇的な結末
このように、2007年に始まった草の根による薄井氏への難癖は、2012年にやっと結論が出たのだが、その代償は大きすぎた。
草の根のイジメの標的にされ続けた薄井氏は政務に集中できず、また草の根の垂れ流すデマによって悪いイメージが植え付けられたのか、2011年の市議会議員選挙で次点で落選してしまったのだ。
よりによって朝木直子はトップ当選、矢野穂積も無事に当選し、このあまりな結果に私は心が折れて東村山問題から手を引いた。
真顔でデマを垂れ流して市民を欺くような輩に対して、正論で戦おうとする人間がいかに無力かを思い知った。
この結末のあとに、先に述べた最高裁の上告不受理の判断が下された訳で、いかに司法の場で身の潔白を証明しても、選挙というゲームはそれとは全く違う理で動いているのだ。
この点については、素直に草の根の方が上手だったと言うよりない。ヤツらは議席譲渡事件の時代から、民主主義・選挙制度の悪用にかけては日本一と言っていい存在だった。
矢野は後に落選して政治家の立場を失うものの、朝木直子は今も東村山市議であり続けているのだから、選挙・政治という舞台に限って言えば、草の根のやり方は効果的なのだと、それに騙される人間が少なくないのだと評価するよりない。
これについてはフェミ団体などの活動家にも同じことが言え、あいつらはどれだけデマを垂れ流しても、どれだけ批判を受けても、政治との繋がりを保ち続け、またそれによって自分達の活動も継続させられている。
そういう面でも、この草の根というのはサヨク系活動家・団体の先輩と言うよりない存在なのである。
そういえば、2023年に市議会議員選挙がありますな。
もしお近くに東村山市民がおりましたら、「東村山という土地で何があったのか」を正しく語り継いでいただきたいなと願っております。
※ 本文ここまで
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https://note.com/oharan/m/me7f4e089bacd
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