「彗星アルカンティルを追いかけて」サイドストーリー(3)ラスト【創作大賞2024・応募作品】
サイドストーリー(3)ラスト
どうか、あなたの旅の終わりが喜びに満ちていますように。
一番近い場所で
宇宙ステーションの窓の外には、無限の宇宙が広がっている。
星々がきらめくその中で、私は地球からやってくる宇宙船の到着を待っている。
「船長、そろそろ地球からの船が到着します」
「ええ、そうね」
私は窓の外に目を向けた。黒い宇宙に浮かぶ青く美しい地球が、遠くに見えた。
宇宙船の接近を示すライトが、ちらちらと光っていた。
「迎えの準備を整えて」
私はクルーに指示を出す。皆が迅速に動き出した後、私は通信パネルの前に腰掛けた。
「船長、今日の到着者リストをご確認ください」
副官がタブレットを差し出した。そこにはカケルの名前があった。私は心の中で一瞬動揺したが、表情には出さなかった。
「ありがとう、問題ないわ」
私は冷静に応じた。
副官は一瞬、私の顔を覗き込んだが、すぐに「了解しました」と敬礼して去って行った。彼もカケルの名前を見て、何かを察したのかもしれない。
窓の外を見つめながら、私は迎え入れる準備を進めた。カケルとの再会を思うと、心臓が高鳴るのを感じた。何年も彼を支えるために努力してきた日々が、一瞬で頭をよぎった。クルーたちがエアロック周辺で準備を進めるのを見守りながら、私は深呼吸をした。
「船長、ドッキングの準備が整いました」とクルーが報告する。
「了解」
私は一歩前に出て、マイクに向かって話し始めた。
「ハロー、こちら宇宙ステーション。ドッキング準備完了、どうぞ」
『ハロー、ステーション。了解。姿勢制御完了。ドッキング開始します』
通信が返ってくる。カケルの声だ。一瞬で懐かしさが込み上げてくる。
窓の外では、宇宙船が繊細なコントロールでゆっくりと近づいてくるのが見えた。その光景に、私は思わず息を呑んだ。
——あそこにカケルがいる。
あの小さかった少年が、こうして壮大な宇宙に踏み出した。彼の夢の一歩が今まさに現実となっているのを感じる。
私は胸が高鳴るのを抑えながら、冷静に無線でドッキングの支援をする。
「大丈夫、カケル。君ならやれる」
彼の繊細なコントロールで、宇宙ステーションと宇宙船のドッキングは無事に完了した。
「エアロック、オープン。」
私は指示を出す。
エアロックが開く音が響くと同時に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
数分後、エアロックの向こう側から乗員たちが姿を現した。その中に、カケルの顔が見えた。彼も私を見つけ、大きく腕を広げた。その瞬間、胸に溢れる感情が押し寄せてきた。無重力空間を一直線に進み、抱きしめた彼は、以前よりずっとたくましくなっていた。
「カケル、よく来たね」
声が震えていないだろうか。
この瞬間、過去の苦難や努力が一気に蘇り、涙がこぼれそうになる。
「ミズキ、久しぶり」
彼の声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが解けたような気がした。長い年月を経て、再び彼と肩を並べられることが、こんなにも嬉しい。私たちは、無言のままお互いを見つめ合い、全ての思いを言葉にせずに伝え合った。
その瞬間、私たちは一番近い場所にいた。そうして愛を語るでもなく、苦労を分かち合うでもなく、ただ、互いの瞳の奥に、夢への情熱と希望を感じていた。
*
宇宙ステーションの任務を終え、私は宇宙開発プロジェクトのリーダーになった。
私はさらに15年をかけて彗星アルカンティルを追跡する「プロジェクト・アルカナ」を立ち上げた。
最も遠い場所から
カケルが彗星を追いかけ宇宙に飛び立ってから、何年も時間が経った。
——お母さん、今日はどの星を教えてくれるの?
と小さな背中がくるりと振り返って、目を輝かせて言う。
「今日は特別な星を教えるわ」
私は娘のアヤの小さな手を握りながら、私は夜空を見上げた。
そこには、無数の星々が煌めいている。
「あれが北極星よ。いつも同じ場所にいて、迷子にならないように導いてくれる星なの」
「どうして北極星がお母さんにとって特別な星なの?」
娘のその質問に、その中でひとつの方角を指差しながら、答えた。
「アヤ、私の仕事は、宇宙を冒険する人の北極星になることだからよ」
「それってカケルおじさんのこと?」
アヤの言葉に一瞬驚いたが、私は静かにうなずいた。
「そう、カケルおじさんのこと。お母さんとカケルおじさんは若い頃、彗星と交信したの。それが私たちの始まりだったのよ」
「交信って、星とお話ししたの?」
「そう。信じられないかもしれないけど、カケルおじさんはその星を追いかけて、宇宙に飛び立ったの」
アヤの小さな手をしっかりと握りながら、私は話し続けた。カケルがどれほどの情熱を持って夢を追いかけたか、その夢が私たちにどれほどの影響を与えたか。そして今、彼がどこか遠い星の下でその夢を叶えようとしていること。
「お母さん、カケルおじさんのこと、今でも思い出すの?」
アヤの言葉に胸が締め付けられるようだった。彼にはもう会うことはできない。だけど、彼は夢に向かって宇宙の果てを進んでいる。私は娘に微笑んだ。
「そうね、カケルおじさんのことは、……時々思い出すわ。でも、それはいい思い出としてね」
「お父さんも、カケルおじさんのこと知ってる?」
私は思わず苦笑いしてしまう。わが娘ながら、容赦ない質問をしてくる。
「もちろんよ。お父さんは、カケルおじさんの夢を尊敬していたの。だからこそ、私たちは今ここにいるのよ」
私は娘の瞳を見つめながら、心の中でカケルの情熱に満ちた目を思い出した。
アヤは少しうつむいて考える様子を見せて、ふたたびこちらを向いて言った。
「お母さん、お父さんもすごい人だけど、お母さんがカケルおじさんのことを話すとき、なんだか特別な感じがするの。なんでかな?」
アヤの言葉に、私は一瞬言葉を失った。アヤは賢い子だ。もしかして私の内心を見透かしているのかもしれない。きっと、彼女には嘘をつけない。私は微笑んで、話を続けた。
「アヤ、カケルおじさんは、お母さんにとって特別な友達だったの。彼の夢があったからこそ、お母さんも今の道を選んだの。でも、君のお父さんもお母さんにとって大切な人なのよ」
そう言うと、アヤは納得したように微笑んで言った。
「お母さん、私、カケルおじさんと彗星がちゃんと出会ってほしいな」
「そうね。カケルならやれるわ」
娘が手をぎゅっと握ってくる。その手の温かさに、私は未来への希望を感じた。
*
「プロジェクト・アルカナ」は、さらに何十年もの歳月をかけて進んでいった。
私が病に倒れてしまったのは、カケルが彗星に到着するまで、あと少しというところだった。
一緒に
——本当に長い、長い旅だったわ。
私は病室のベッドに横たわり、窓の外に広がる空を見上げた。薄いカーテン越しに差し込む陽の光が、もうすぐ訪れる別れを告げるように感じられた。
ドアが静かに開き、娘のアヤが入ってきた。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、私の前では必死に微笑んでいた。
「お母さん、大丈夫?」
すっかり大きくなったアヤの手を、シワの増えた私の手で握りしめ、微笑んだ。
悪い病気が見つかって余命を告げられてから、私は迅速に、冷静に「プロジェクト・アルカナ」の司令の座をアヤに引き継いだ。私の命は、どう計算してもカケルが彗星に追いつく瞬間には間に合いそうもない。それが悔しかった。
しかし今は、心から頼れる娘が私たちの夢を支えてくれる。
私の心は静かに、確実に、カケルとの思い出に包まれていた。
「アヤ、大丈夫よ。もうすぐ、私はカケルに会いに行くの」
アヤは驚きつつも私の言葉に耳を傾け、涙をぬぐった。
「お母さんはカケルさんのこと、そんなに大切に思ってたんだね」
私は静かにうなずいた。
「カケルは私の人生の一部だった。彼が私の夢を支えてくれたおかげで、ここまで来られたの。でも彼の夢の終着点を一緒に見られないのは、本当に残念だわ。」
私はアヤの顔を見つめながら、彼女の目に宿る決意を感じ取った。アヤは強くうなずき、私の手を握りしめた。
「お母さん、私がプロジェクトを完遂させるよ。絶対に」
その言葉に、私は胸が熱くなり、涙が一筋、頬を伝い落ちた。
「ありがとう、アヤ。あなたならきっとやれるわ」
アヤは私をじっと見つめ、「お母さん、今、私に何かできることはない?」と尋ねた。
私は少し考えた後、端末を手に取り、震える指でカケルへの最後のメッセージを打ち始めた。彼との数々の思い出が次々と頭に浮かび、言葉を紡ぐ手が一瞬止まる。
メッセージを打つ手を止め、アヤに微笑みかけた。
「やっぱりやめておく。彼は優しいから、私がいなくなったことを知ったらきっと悲しむわ」
アヤの目には涙が浮かんでいたけれど、彼女は静かにうなずいた。
「お母さん、カケルさんには私が伝えるよ。お母さんの想いも、夢も全部」
「いいのよ、アヤ。ねえ北極星の話をしたことを覚えてる?」
「ええ、もちろん。覚えてるよ」
「北極星の正体は実は一つの星じゃないの。遠くで輝く星たちが一つの光に見えているのよ。だから私たちも、二人で彼の旅を導く星でありたいわ」
カケルたちが安心して広大な宇宙の海を行けるように。
「できるだけ私のように振る舞ってちょうだいね」
私が冗談めかしてそう伝えると、アヤは静かに頷き、私の手を握りしめた。彼女の目には、決意と優しさが宿っていた。彼女は私に力を込めて言った。
「お母さん、私はお母さんとカケルさんの夢を守るから。だから、安心してね」
私はその言葉を聞いて、心からの感謝と愛を感じながら、静かに目を閉じた。
「これで、私は安心して旅立てるわ」
たくさんの愛に囲まれて、希望を胸に抱きながら、私の物語は幕を閉じようとしている。
——どうかこの旅の終わりに君が見つけるであろう、美しい未知の世界に、喜びと希望が満ちていますように。
星々が輝く夜空の中で、私の魂はカケルの元へと旅立っていく。
カケル、あなたの夢が叶うその瞬間、私はあなたと共にいる。
* * *
最後に私は夢を見た。
淡い青色と白銀に輝く光の中、無数の光の粒を放って虹色に輝く彗星に向かって手を伸ばそうとするカケル。でも彼は恐れてなかなかそれに触れられずにいた。
私は彼にいつものように声をかける。
——大丈夫よ、カケル。
彼は一瞬こちらを見てうなずき、そして彗星に手を伸ばす。
よかった、私たちは夢を叶えたんだね。
これが現実か幻かなんて関係ない。ただ、喜びに満たされていく。
その瞬間、私は温かで優しい輝きに包まれていった。
私は真っ白な世界の中に漂っているような感覚になったけれど、不思議と怖くはなかった。
ふと、手に温もりを感じる。
その先を見ると、カケルが優しく、私に微笑みかけているようだった。
—「彗星アルカンティルを追いかけて」サイドストーリー fin. —
サイドストーリーを最後までお読みくださりありがとうございました。
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(第1話:プロローグ)
(第2話:夢への一歩)
(第3話(最終話):プロジェクト・アルカナ)
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