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大竜賀美町住民集団失踪事件②

それは旧校舎の裏にあった。何時からあるのかは解らないがかなり古いものだろう。縦横50センチ厚さ20センチ程の自然石で真ん中に丸く人工的に彫ったような窪みがあり、その窪みの中には両手を左右に広げた人のようなものが一体彫られている。石は風化、侵食が酷いうえに上部から下部にかけ右半分以上が苔に覆われ、人のようなものの表情は勿論、女性なのか男性なのかすら判別出来なかった。

「なぁ勇(ゆう)。どう思う?」
中腰でその石をジッと見つめたまま哲平が口を開いた。哲平がどんな答えを求めているのか瞬時に考えたが解らなかった。

「どうって。道祖神じゃないの?」
少しの間を置いて僕は質問に質問で答えた。
「どうそ…じん?何だそれ?」
今度は道祖神から目を離し、こちらに怪訝そうな顔を向けながら哲平が話す。

「道祖神って…簡単に言うと道や村の守り神だよ。」
「守り神?神様か…。」
哲平はそう言うと僕から目を逸らし、後を振り向いた。

「何で旧校舎の裏に神様がいんだよ?」

哲平の後に立っていた坂井が苛立った声で言った。その声は僕に向けてなのか哲平に向けて放たれているのかは解らなかった。「何でって…解らないよ。僕の家の裏にだって道祖神はあるし…。」数秒の間を置いて渋々僕が答えると同時に哲平が笑いながら「坂井は墓だって言ってたんだよ。七不思議の1つ、旧校舎裏に呪われた墓があるって。」と言った。

「『呪われた』とは言ってねぇよ。旧校舎裏に墓があるとだけ聞いてたんだ。」
坂井は苛立った表情で学生服の内ポケットに右手を突っ込んだ。
「坂井。勇の前では吸うなよ。」
哲平の威嚇するような表情と声に坂井の右手は止まった。そして、内ポケット内に有る何かを持たずに右手を静かに出した。それを見ながら哲平の表情が徐々に緩んでいく。
「竜賀美中学七不思議の1つ『旧校舎裏の墓』は実は守り神だった。ビビって損したな!」哲平が楽しそうに坂井の左肩をポンポンと叩く。

坂井は哲平の右手を鬱陶しそうに払い除け、舌打ちしてその場を立ち去ろうとした。
「おいおいゴメンって!七不思議の1つが怖くなかっただけいいじゃん!怒んなくてもいいだろ?」
「どうでもいいよ。帰るわ。」
哲平の制止は効かず坂井は足早に去って行った。気不味い雰囲気に僕はどうして良いのか解らず黙ったまま目線を道祖神に戻した。

「あいつ何怒ってたんだ?勇ゴメンな。」
哲平が申し訳なさそうに頭をかいた。

哲平によると昼休みに竜賀美中学の七不思議の話になり「旧校舎裏に墓があると聞いた事がある。」と坂井が言い出した事から、本日の放課後にオカルト系に詳しい僕に声を掛け旧校舎裏の墓の真相を究明しようとしたらしい。更に真相究明後は坂井と僕が仲良くなれるようにしたかったらしいのだが、哲平の目論見は外れ失敗に終わったようであった。

哲平は僕の近所に住む友人で同級生だ。小学4年生の頃この街に引っ越して来た引っ込み思案な僕にも優しく声を掛けてくれた。僕等はすぐに仲良くなった。沢山の遊びを教えて貰い、色んな場所へ探検に連れて行って貰った。同い年なのにまるで兄貴のようで頼もしい存在だった。だから僕はいつも哲平と一緒に居た。

中学生になると哲平は少し不良になった。でも僕と哲平は同じクラスで変わらず仲が良かった。

2年生になり哲平とクラスが別れた。クラスが離れると何故だか少し気不味くなり、疎遠になっていった。

僕は他のクラスメイトと仲良くなり、哲平は同じクラスの坂井と仲良くなった。

坂井は所謂ヤンキーだ。学校のトイレや体育館裏で煙草を吸ったり、喧嘩っぱやく何時も苛々しているように見える。周りの皆は坂井を恐れ避けており、あまり関わらないようにしていた。そんな坂井に哲平は優しく声を掛けた。僕は哲平と坂井が一緒に居るのが不思議でたまらなかった。ハッキリ言うと坂井は学年の中の嫌われ者だ。そんな坂井と哲平が何故一緒に居るのか?疑問は徐々に苛立ちに変わる。哲平と疎遠になった僕は坂井に嫉妬していたのかも知れない。

「何で哲平は坂井なんかと一緒に居るんだよ。」

腰を上げながら哲平の目を見据えて声を放つ。思ったより大きな声が出てしまい、顔が内側からカーッと熱くなっていく。嫉妬の塊と化した僕は涙目になっていた。

「…坂井は、バカで、バカだけど根はいい奴なんだよ。勇もいつかは解るよ。」
哲平は哀しそうに笑って僕を見ている。

自分の嫉妬のせいで哲平と気不味くなり、またどんどんと疎遠になっていってしまう。
そんなのは嫌だ。
気が付けば僕は泣いていた。

「勇泣くなって。俺が悪かった。ごめんな。ほら、一緒に神様に御願いしようぜ。」僕は哲平に肩を組まれ、道祖神の前に一緒にしゃがみ込んだ。
哲平は僕の肩から手を離すとパンッパンッと2回手を叩き「俺達の友情は永遠です。神様!俺達の事をずっと護っていて下さい!」と大声で叫んだ。

それを尻目に僕もしゃくり上げながらパンッパンッと手を2回打ち鳴らしから両手を合わせ目を閉じ願い事をした。
「勇。俺は声に出したのに、お前は出さないのかよ〜。ズルいぞ!何を願ったか教えろよ〜。」
哲平がまた肩を組んでくる。

「内緒だよ。哲平と似たような事を願っただけ。」いつの間にか涙は止まっていた。

「何だよ。まぁいいか。じゃあ今日は久しぶりに一緒に帰るか。」

哲平と肩を組みながら立ち上がる瞬間、僕はふと道祖神を見た。
道祖神に彫られている人のようなものと目が合う。
それはとても哀しそうで、まるで泣いているような目であった。

ただ哲平とまた去年のような関係に戻れると感情が高揚していた僕は、この時はそんな事気にも留めなかった。

#ホラー #小説 #オリジナル #七不思議
#道祖神 #失踪事件

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