ある中年男性の幸せなクリスマス

その男は、30代後半。俗にいう「アラフォー」というやつだ。

その男の周りは、既婚者で溢れている。「一人で楽しい」と素直に思える気持ちもあるが、「彼女が欲しい。欲を言えば、結婚したい」これが、この男の本音だ。

しかし、何度か出会いの場にいったものの結果はふるわない。現実は、甘くない。

毎年やってくるクリスマス。男にとって、年齢を重ねる度、このイベントに嫌悪感を抱く。幼少期は、家族がプレゼントを無条件に与えてくれた。学生時代は、仲間と集まり、プレゼント交換をするなど、楽しすぎるイベントだった。

だが、この年齢になると同級生は、仕事や家族で過ごすことを、もちろん優先する。当たり前のことだ。呑みに出ようにも、この年齢ではというネガティヴな考えに苛まれる。結局、自宅で缶ビールを呑み、熟睡することが、この男のクリスマスそのものだった。

クリスマスの一週間ほど前、男のスマホに電話が掛かってきた。相手は、親友からだった。

久しぶりの連絡だったので、テンションが上がった。すると思いがけない一言が、更に男のテンションを上げることになる。

「サンタクロースの格好をして、娘にクリスマスプレゼントを渡す役をしてくれないか?プレゼントは、こっちで用意するし、渡すだけでいい」

耳を疑った。「こんな俺がそんな役をやってもいいのか?」という余計な考えは、口に出す前に削除した。男は「面白くなるとしか思えないから、やらせてもらう」と返事をした。

電話を切った後、男の心は踊っていた。今までこんなお願いをされたことがないからだ。「人生は、何が起こるか分からない」この言葉が、妙にしっくりきた。親友の子供は、3歳の娘さんだ。しばらく会えてなかったが、明るくて元気な子だ。その子には、何もしてあげれてなかったので、この事で喜んでくれたら、嬉しいなという気持ちが芽生えた。

クリスマス当日。数日前に、上司に早退することを許してもらい、定時の時間より一時間早く男は退社をした。「この時期に申し訳ない」という気持ちは、もちろんあった。ただ、この年のクリスマスに関しては、「喜んでくれるかな?人見知りだったから、もしかしたら大泣きされるかも」といつも通りのネガティヴな考えが出てきたが、「ドキドキ・ワクワク」といった心情の方が強かった。

待ち合わせ場所で、親友と落ち合い、彼の自宅へ向かい、15分後に到着。駐車場に停めている彼の車の中で、奥様が買ったサンタクロースの衣装に着替えた。全身を写す鏡がなかったので、男は全く自分の格好が分からなかった。

「スマホ鳴らすから、その合図でインターホンを押して、ゆっくり家に入ってきて。メリークリスマスの一言だけでいいよ。後は、俺と奥さんでリードするから」親友はそう言って、家の中に入っていった。男は、素直に指示に従うことにした。何かをやろうとして失敗するよりは、全然マシだからだ。

数分後、男のスマホが鳴り、インターホンを押した。カチャとドアを開けて、家の中へ。

リビングの方から、子供のはしゃぐ声と親友夫婦の「誰だろうね?誰だろうね?」という声も聞こえてくる。

「メリークリスマス」と言いながらリビングに入ると「キャー!」と子供が嬉しそうな声をあげ、足をドタドタと音を上げてはしゃいでいる。奥様が「サンタさんだよー!いい子にしてたから、来てくれたんだよー!」とスマホで、男と我が子をこれでもかというくらいの連写をしていた。

この時、男は、かつてないほどの喜びに満ち溢れていた。こんなに人が喜んでくれることをしたのは、これまでの人生にあっただろうかとほんの少しの間自問自答した。

ただ、すぐ我にかえり、袋の中に入れていたプレゼントを子供に渡した。奥様は「何が入ってるかな?何が入ってるかな?」と満面の笑みで、子供に問いかけていた。「あー!すごく欲しかったやつだ!やったー!」プレゼントは、親友夫婦が購入したものだから、無論そうなる。「なんで分かったんだろうねー?」と我が子の最大限の可愛さを発掘した奥様も幸せそうだった。

プレゼントを渡した後、子供はプレゼントにしばらく夢中だった。この素直過ぎるリアクションも、見てて微笑ましくなった。「俺も子供の頃、こんなに喜んだのかな」と少し回想する。

しばらくすると「じゃーサンタさんも次があるから、そろそろバイバイしようか」と親友が言う。流石としか表現ができないタイミングだ。

「ありがとう!バイバイー!」とプレゼントを大切に持ちながら、玄関まで送ってくれた子供が、とんでもなく愛おしく感じた。家を出ると親友が出てきて「本当にありがとう」と感謝の一言。男は「いや、あんなに喜んでくれて、やりがいがあったわ。こっちの方がありがとうだよ」と満面の笑みで感謝の言葉を伝えた。彼の車の中で、男は着てきた服に着替えた。

「後で、写真送るわ」「あいよ。頼むわ」

この言葉のやり取りを最後に、男は自宅に向かった。電車に揺られながら、男は幸せを噛み締めていた。

「あー。断らなくて本当に良かったなー。あんなに喜んでくれるとは思わなかった。成人になって迎えたクリスマスでは、一番幸せなクリスマスだった」

自宅に帰り着くまで、この想いがエンドレスリピート状態だった。

自宅に帰り着いたと同時に、スマホのバイブが鳴った。親友から写真が届いた通知だった。

「本当にあの夫婦出来すぎなんだよなー」といつも男は思っている。送られた写真は、満面の笑みでピースをしている男と子供の写真だった。

「意外とサンタクロースの格好似合ってるなー」と自画自賛をした。「ただ、やっぱり、あの場にいた全員が笑顔になったのは、本当に感慨深いなー」と独り言を言い、微笑みながら、男はスマホを眺めていた。

「人の為に何かをする」この言葉の意味を男は噛み締めながら「やらないで死なないで良かったなー」としみじみ感じていた。

「さて打ち上げだ」と男は、また独り言を言って、冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを呑み、シャワーを浴びて、その年のクリスマスの幕を閉じた。

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