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【第23話】そぼろご飯と可哀想なHくん

私は今も昔も、そぼろご飯が大好きだ。お腹が膨れるし、自分でも簡単に、美味しく、手早く作れるのが気に入っている。ところがある出来事があって、父は、

「そぼろ飯は作らんといてくれ。」

母にそう言ったそう。父にとって、私との嫌な思い出が蘇るかららしい。

前回「”死んだ”私」という重苦しい内容を書いたので、今日はライトめなお話を書こうと思う。あれは私が、23歳の時。実家に居候していた時のことだ。

*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

食卓には、常に父のリクエストである和食が並ぶ。私の好きなオムライスやハンバーグ、丼ものなんかはめったに並ばない。父の好みではないからだ。

母(義母)は、1日3食、家族5人分のご飯を作ってくれていた。それも3品も4品も作らなければ、父が「たったこれだけか!」と文句を言うので、相当大変だったはずだ。時々、母が疲れているときだけは簡単な丼ものが食卓に並んだ。「バッタモン家族」では、ご飯に関わることは常に争いの近くにあった。

その日は、父、母、妹、弟、私の他に、私の彼氏・Hくんも一緒にご飯を食べることになった。メニューは、私の大好きなそぼろご飯だ。

他人がいるので楽しく食卓を囲むことができる。父以外はみんなおしゃべりして、和やかだった。母は私の彼氏によくしてくれた。2人は地元が同じで、意気投合していたのだ。父は無言でそぼろご飯を食べている。傍から見れば、娘の彼氏にどう接していいか分からない”物静かで厳格な父”のように見える。

父は私に彼氏がいること自体には口出ししない。ただし、気に入らない男ならとことん嫌味や悪口を言う人だ。

 「あいつは、気に入らない。しょーもない男や。」
 「お前もあんな男選んで、目が悪い。」

Hくんも影で悪口を言われていたが、今日のところはとりあえず、表面上だけでも”いいお父さん”でいてくれているようだ。

父の様子を気にしながらも、私はそぼろご飯と家族の団らんを楽しんでいた。すると…

 「お前がおったら飯が不味いわ!」

突然、父が怖い顔で私に怒鳴りだした。

一瞬で、家族は息が詰まってしまったかのように静かになる。それまでの笑顔は消え、みんなうつむき、黙って箸を動かす。食器の音だけが聞こえる。

実は、父が怒った原因や内容がハッキリ思い出せない。とにかく私に何か怒っているのだ。恐らくは本当に他愛のない、本当にくだらないことがきっかけだったのだとおもう。Hくんの唖然とした顔と、怒鳴りあった内容だけはよく覚えている。

 「ホンマに、お前がおったら飯が不味い!」
 「だったら、食べへんかったらいいやん。」
 「お前は、彼氏がおったら調子にのるんやな!」
 「え?何がなん?なんで怒ってんの?Hくんが来てるんやし、楽しくご飯食べようよ。」
 「お前がおったら飯が不味いって言うてるねん!」

…子供か。会話が全く成り立たない。

兄弟も母も、「私は関係ありません」という表情で無言で箸を動かしている。私は無視してご飯を食べ続けることにした。その態度にさらに腹を立てた父は…

 「出ていけ!今すぐ!しょーもない女はいらんねん!」

なぜそうなる?そぼろご飯が喉につっかえそうだった。

 「はぁ?出ていかへんし。なんでそこに至るわけ?まじで意味分からへんねんけど?」

私はそぼろご飯を堪能したいねん。ただ楽しくご飯を食べていただけで、その言われ方はないでしょーよ!

 「うるさいんじゃ!さっさと出ていけ、帰ってくんな!タダ飯食い女め!」
 「待って、待って。家にお金入れてるし、なんで急に出ていけとか言われなアカンねん!」
 「まぁまぁ。Maiもお父さんも落ち着いてください。ね?とりあえず、ご飯食べましょう?」
 「Hくん、あんたは黙っといてくれるか?」
 「そうは言うても、急に『出ていけ』はちょっと言い過ぎですよ。」  
 「お前に関係ない。口を挟むな!」
 「…。」

フォローに入るHくんにまで八つ当たり。父はまだ半分も残っているそぼろご飯を放置して、食卓から離れてリビングへ行く。

なんなのだ、まったく。

兄弟たちは「またか」と、うんざりした表情を見せ、母はもはや誰とも目を合わせなかった。彼氏のHくんは…箸も、思考も、完全に止まっていた。私は怒りに任せて、そぼろご飯を胃に流し込んだ。何の味もしなかった。

食後、Hくんを見送るために、父のいるリビングを通った時…

 「おい。さっさと出ていけよ!お前はうちの娘ちゃうからな。」

と浴びせられた。「私はほんまにこの家の娘じゃないかもね」と、心の中で苦笑いをし、見送るだけのつもりだったのが、本当に家を出た。

 「わかりました。”しばらく”帰ってきません。」

母も私を引き止めはしない。もともと私に無関心だ。こちらを見ようともしない。

その後数日はHくんの家に滞在し、ほとぼりが冷めたと判断した頃実家に戻った。実家に戻ったのは、少しばかり父への嫌味と言うか、当てつけの意味もあった。帰宅した時の家族は、何事もなかったかのような態度だった。

 「そぼろ飯は作らんといてって、言うてたで。あの時のこと思い出して、胸糞悪いんやて。」

母は他人事だから面白いのか、意地悪そうな顔で笑っていた。

父は本当に「独占欲」が強い。家族が他の誰かと楽しそうにしているのを嫌うのだ。嫉妬もそうだが、劣等感を抱いていたのだと思う。自分勝手な気持ちを家族に押し付けて、反抗すれば罵倒する。悪いが、私にも意思がある。20歳を超えた娘の束縛やコントロールは止めてほしかった。わたしは父の彼女ではない。”所有物”でもない。

父はその後もHくんの悪口を言い続け、Hくんも私の家族から距離を置いた。私はそれまでに増してよく家を空けるようになった。できるだけ「バッタモン家族」に関わりたくなかったのだ。

そしてそれ以降、父がいる前で、そぼろご飯は一度も食卓に並ばなかった。

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