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『区別』と『差別』の違い

私は、カナダに来て間もない頃、意味もなく中国系の人たちを嫌っていました。

…いきなり爆弾告白ですよね。私、最低です。今日は、この告白から、私が最近「差別」について学び、考えたことを文字にしておきたいと思って書いています。少々センシティブなトピックですが、細心の注意を払って書いています。どうかお付き合いください。

”カナダに来て間もない頃”というのは約5年前になるでしょうか。上記のように思っていた理由は、特にないです。日本で「中国人はマナーが悪い」、「うるさい」などと聞いただけの印象です。たったそれだけの理由で、嫌い…だと思っていました。

旦那さんの前で、何気なく言ったことがあります。

「中国人、きらーい。」

瞬間、彼は顔色を変えました。普段怒らない優しい彼が凍るような一言を放ちます。

「そんなこと言うの止めたら?かっこ悪いで。」

怒っているのか、悲しんでいるのか、彼の感情や意図が掴みきれなくて、とても怖かったのを今でも覚えています。

当時の私は「白人」とばかり友達になろうとしました。見た目がカッコよかったり、可愛かったりする友達と一緒にいれば周りから羨ましがられると、浅はかな考えをしていたんです。旦那さんは続けます。

「白人、黒人、中国人、日本人っていう括りとか見た目で、Maiは友達を選んでんの?やとしたら、それはかっこ悪いし、相手にめっちゃ失礼やと思うで、俺は。」

本当にその通りです。自分をよく見せたいために、人を利用しようとしていたんです。自分が、日本人っていう理由だけで友達になろうと迫られたら嫌なくせに。なんの理由も悪意もなく、無意識に人を傷つけていたかもしれないと思うと、ほんまに、過去の自分をフルボッコしてやりたい気分です。

このちょっとした出来事がきっかけで、私は「差別」について慎重に考えるようになり、もう少し自分の言動に気をつけるようになりました。

去年、印象に残ることがありました。

混み合ったバスに旦那さんと乗っていたところ、白人のおばさんたち2人が席を探していました。私たち二人が席を譲るため立とうとした瞬間、眼の前のおばさんたちのこんな会話が聞こえたのです。

「Young people, these days. These two don’t even try to offer the seat.
(*最近の若い人は、全然席を譲ろうとしてくれないわね)」
「They must be Chinsese or something. They probably don’t understand English.
(*どうせ、中国人でしょ。英語なんて言ってもわかんないわよ。)」

不思議なんですが、なぜか何語であっても悪口や陰口って伝わります。私はまだまだ英語勉強中の身ですが、この会話に目を丸くしてしまいした。旦那さんはすぐさま立ち上がって、

「Excuse us, ma’am. We WERE going to offer you the seat just now and we are Japanese, not Chinese. It’s ok, it’s really hard to tell. Oh, and just in case you didn’t notice, I TOTALLY speak English. (*すみませんね、今席を譲ろうとしてたんですよ。あと僕らは中国人じゃなくて日本人です。似てるからわからないですよね。あ、ちなみに僕は英語話しますよ。)」

混雑した車内は静まり返り、そそくさと席を譲って移動する旦那さん。慌ててついていく私。かなり気まずそうなおばさんたち。彼女たちとすれ違う際、こんなあからさまに聞こえるように、嫌味言うなんて…と衝撃を隠せませんでした。旦那さんは「まぁ、こんなこともあるよね」と笑っていました。

過去の自分は、このおばさんたちのように、中国系の人を小馬鹿にしていたんだ…とその時に痛感。彼女らの姿に自分を重ねて、腹が立ちました。自分を恥じました。

私は今まで、本当に無知だったんです。無知ほど怖いものはない。差別も無知から来るのだと私は思います。何も知らないから、テレビの情報や人の話で、自分が見ていないものを勝手に決めつけて判断していたんです。

自分の見えている小さな世界だけで、すべての物事や人を判断すると、考えに偏りが生まれがちになってしまうと思います。旦那さんに何度も注意を受け、バスの中での出来事を通して、私は自分が知らないもの、見ていないものを決めつけるのは止めました。今は、自分の目で見て、経験して、考えて、そこから私の意見を言うようにしています。

過去の自分へ…「中国人はマナー悪い」って、それは自分が見たマナーの悪い人たち数人が(たまたま)中国人だから、”中国人=マナー悪い”と、身勝手に一括りにしているだけでしょう?逆に、仮に中国人の大親友ができたら、その人たちは中国人として「例外」になるの?

「なぁMai。『区別』と『差別』の違いって何かわかる?」

何かの話の流れで、旦那さんにふと聞かれたことがあります。

「単純な”違い”に優劣を付けるとき、『区別』が『差別』になるんやで。」
人種、文化、言葉…などなど、単なる”違い”を示して言うとき、それは『区別』ですよね。前の私のように「中国人マナー悪い。白人かっこいい。」と、その”違い”に優劣をつけた瞬間、それが『差別』になってしまうのだそうです。

私たちみんな”違い”があります。同じ日本人同士だけ見ても、背が高い・低い、外交的・内向的、得意・不得意など、何もかもが”違い”ます。そこにどちらが「いい・悪い」なんて、決められないですよね。自分の価値観をそうやって押し付けるのって、今ではとってもおこがましく感じてしまいます。人と仲良くなったり、信頼し合ったりするのってソコジャナイダロ…と。

…とは言うものの、未だ自分自身の勉強不足を実感する日々は続いています。歴史や社会事情ももっと知っていかないとなと思わされます。自分の肌で感じた苛立ち、恥ずかしい気持ちを忘れないように、もっと色々見識を広めて、かっこいい大人になりたいと思っています。


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