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【第24話】携帯電話と、散った私の恋心

中学生の多感な時期、誰だって恋の一つくらいするだろう。

例に漏れず、私だってそのひとりだった。

ただし、私の恋心は、両親によって潰された。娘の淡い気持ちなど、彼らには笑いの種でしかなかったようだ。

*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

『バッタモン家族』の子供たちにはプライバシーなんてない。ノック無しで部屋に入ってくるのは当たり前。日記や手紙は勝手に読まれる。電話の内容は全て聞かれる。挙句の果てに、友達付き合いは親の許可制で、両親(この場合主に父だが)がNoと言えば、どんなに仲が良くてもその子と遊ぶことは許されなかった。

こんな親なので、プライバシーの塊とも呼べるケータイ電話などは、監視対象以外の何ものでもなかったのはご想像いただけるだろう。まさか、恋心を育んでくれると思っていた小さな機械によって、その恋心を潰されることになるとは。

さて、事の発端は私が中学1年の時。三男・逃走アニキが、突然プリペイド式の携帯を買ってくれたことから始まった。

兄が持っていた携帯を羨ましがったところ、「俺のバイト代で買ってあげる」と言い出したのだ。普段は喧嘩もたくさんするが、その時ばかりは兄が神か仏かに見えた。いつもの口約束で終わるかもな、とも思ったが、本当に一緒に携帯を選びに行って、プレゼントしてくれた。

 「プリペイド式やから、使える金額は決まってるからな。俺もバイト代多いわけちゃうから、決められた額だけにしてな。メールやったら、そんなにお金もかからへんから。」
 「うん!わかった!お兄ちゃん、ほんまにありがとう!」

私の、数少ない友達の何人かは、当時すでに携帯を持っていた。その輪に入れて、友達同士でメールができるのが楽しみで仕方なかった。さらに言えば、家の中では持てない、自分だけの場所を得た気がして、本当に胸が踊ったものだ。今度から、少なくともしばらくは、兄が夜に家を抜け出しても父にチクらないでおこうと決めた。

早速、学校で友達とメアドを交換して、メールのやりとりが始まった。楽しかった。中学生女子の話す内容なんて、たいていが恋の話だ。友達の恋の話を聞いたり、自分の話をしたりしながら、私は携帯をいじるのにのめり込んでいった。まだ当時は今ほど”あたりまえ”でなかった携帯。夢中になりすぎて、ただでさえ低い成績がさらに下降の一途をたどるのに時間はかからなかった。

 「あんた、高校行かれへんで?」

ある日、母にそう言われた。現実を受け止めるなら、数学のテストなんて一桁台の点数だ。他の教科も50点取れていれば良い方。瞬間的には流石にまずいか…と思ったが、「学校の勉強なんて、将来役に立たへん」と、父に採算言って聞かされてきた身だ。母の言うことは結局あまり気にしないでおいた。

その後、いつものように二階の自分の部屋で友達とメールをしていた。

 「おい!Mai、お前ちょっと降りてこい!」

階下から、私の名前を叫ぶ父。またしょうもない用事でも頼まれるのか…と、寝転んでいたベッドから体を起こす。ドアの方に向かう足取りは重い。携帯はベッドに置いておこう。

 「なに?」

一階に降りるや否や、やり取りを最低限にすべく、最低限の質問をする。

 「携帯出せ。」
 「は?なんで?」
 「成績下がってるから預かっとく。」
 「嫌や。いつも成績のことなんか、何も言わんやん。」
 「ええから、携帯を渡せ。今すぐに。」

ここでまさか成績のことを持ち出してくるとは。もう少しちゃんと勉強しておけば、と思いつつ、従うことにした。よく考えてみれば、珍しくまともな、父親らしいことを言っている。成績は下がったのは私が悪いし、取り上げるのは親として普通か。友達の親もそうすることがあると言っていた。

二階から携帯を取ってきて、父に渡した。

 「…あの、いつ返してくれるん?」
 「わからん。」
 「なんで?私に勉強させるために預かるんやんな?成績上がったら、とか?」
 「そうや。まぁ、お前の態度次第やな。」

サラ金か。普段私含め、家族の一挙手一投足に文句を言う彼が、ちゃんと携帯を返してくれるだろうか。不安に思いつつも、その場はそれでよしとするしかなかった。

父が私から携帯を取り上げた本当の理由がわかるまで、全く時間はかからなかった。

取り上げられた、その夜。お風呂に入ろうと父の部屋の前を通った際、両親の姿が見えた。たまたま5センチほど開いているドアの隙間から、珍しく二人で楽しそうにしている姿が伺える。

 「はは!何やアイツ、Kってヤツが好きらしいわ!」
 「年上の子みたいやで。逃走アニキの友達よ〜。」
 「あ、あいつか。メールしてるみたいやな。◯月◯日、◯時に…『また遊ぼう♡楽しかった(^_^)』やって。ハートマークついてるわ!中学生が一人前に恋愛なんて早すぎるわ〜。ははは!」
 「ませてるな〜はははは!」

まさか…と思った瞬間、目に飛び込んできたのは、私の携帯を持つ父の手だった。

メールを読まれていると気がついた瞬間、恥ずかしさで体が硬直した。同時に、お風呂に入る前なのに体は熱く、のぼせ上がりそうだった。

彼らの笑みは、思春期真っ只中の娘の成長を見守るそれでは無い。いじめている子の携帯を無理やり取り上げみんなの前でメールを読み上げる、そんな悪意を多分に含んでいる。

握った拳の中で爪が食い込む。

携帯をロックするのを忘れていた。実は携帯を渡すのを受け入れたのは、機械に疎い父のこと、携帯の扱いなんてほぼわからないと思ったことも理由にある。完全に見くびっていた。

父は声色を変えて、次々と私のメールを読み上げる。母も調子を合わせて楽しそうにしている。こんなことでしか意気投合できないのか、こいつらは。2人が悪魔に見えた。

親やからって、何してもいいの?最初から、私が何をして誰とメールしているか知りたかっただけ。成績なんか関係ないわ。姑息なやり方。メールは間違いなく全部読まれる。読まれたくないこと、悩みも書いてる。最悪。どこまでも私にプライバシーはないんやわ。中学生が人を好きになって何がアカンの?なんで否定されなアカンの?何がおかしいの?

両親の前に出ていこうかと思ったが止めた。私が怒っても、彼らはふざけて、さらに調子づいてメールを読み上げるだろう思ったからだ。あんなふうに笑われて、誰かを好きだと思う気持ちも、馬鹿らしく、恥ずかしいもののように感じた。恥ずかしさから逃げるように、足音を立てないように注意して、自室に引き下がるしかできなかった。

気づけば、壁に頭を何度もぶつけ、ものを投げ散らかしていた。ふと口の中に血の味がすると思えば、唇を噛み締めすぎていたらしかった。それでも治まらない怒りは、夜通し頭の中に居座り、恋心のみならず、私の睡眠まで奪っていった。目を閉じても、両親の嘲り笑う顔は、目の前から消えなかった。

翌日、両親はさらに調子にのって私をからかってきた。

 「今日はKって男と遊びに行くんか?中学生のくせに生意気やわ!お前は尻軽か!」

セクハラオヤジそのものの父。

 「また遊ぼう♡って約束してるんやろ?ふふ。今度は何てメールするの〜?」

クラスにひとりはいる、噂好きの女子のような母。

代わる代わる、ニヤニヤしながら、私が言われたくないことを知っていて、声をかけてくる。

特に、「尻軽」と呼ばれる筋合いは無かった。繰り返すが、私は当時中学1年生。私が一方的に彼を好きなだけで、何もやらしいことはしていない。なのに、実の娘のことをそんな風に言うなんて。気持ち悪い。吐き気がする。

後から聞いた話では、父は後日、逃走アニキと遊んでいたKくんに「Maiに近づくな」と”注意”をしたそう。それからすぐに携帯は返ってきたが(実際勉強なんて関係なかったわけだ)、Kくんからのメールは一切返ってこなくなってしまった。

こうして私のささやかな恋は、あっけなく散ったのだった。

私は友達だけでなく、好きな人も自由に選べないのか…。私を変な虫から守ろうと思っていたのかもしれないけど、そんなやり方はあんまりやわ。お母さんは同性で、私の気持ちを分かってくれると思ったのに…。両親は私のことを信頼してくれていない。私がダメな男を選ぶと思っている。

何度そんな風に思ったことか。

それからの私は父の”望み通り”に、ダメ男ばかり選んでお付き合いしていくことになる…。

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