キャンパスのブルーノート。
「#2000字のドラマ」コンテスト応募作です。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と唱え、福沢諭吉は学問をすゝめたが。学び舎の最終地点である大学のキャンパスというのは、皮肉なことに、どこも階級社会の縮図のようなものである。
一軍の学生たちは、中庭のど真ん中を定位置に、いつも華やかに盛り上がっている。「リリカ、また雑誌に載ったんだって」「起業したセンパイからさぁ、オレも手伝えって言われてんだよ」。イケテル話は、イケテル人だけに集まってくるようだ。
タカノタカシ、通称タカタカは、イケテル軍団の脇を通り過ぎるときに緊張する自分が、イヤで仕方がない。同じような服装に、同じような雰囲気。個性の欠片もなく、まるで量産品のようだと見下す一方で、彼らが醸し出すメジャー感に、気後れする。
急にドッと盛り上がる煌びやかな集団に「チッ」と舌打ちし、ヘッドフォンの位置を整え、音量をグッと上げる。今日は、朝からビル・エヴァンスを聴いてきた。美しく重なる独特な和音にウットリするが、月曜の朝はもう少しアガる曲でもよかったか。
タカタカが向かう先は、大教室でも図書館でもなく、各サークルの活動部屋がひしめく学生会館だ。ここは、先述の勝ち組は滅多に足を踏み入れない建物なのだが、平民学生のサンクチュアリにもまた、階級が存在する。
オケやPOPS、演劇など、狭い廊下で何かしらの練習に熱中する学生たちをかきわけ、タカタカが目指すのは、地下の一番奥の部屋。まさか、人気順に部室を割り振ったわけでもないとは思うが。『ジャズ研究会』と書かれた看板の前の廊下は、ご丁寧に電灯まで切れていて、この上ないマイナー感を醸し出している。
防音の重たい扉を開けると同時に、「ヘイ!ワッツアープ?」と、トミーの能天気な声が聞こてくる。本名は、ゴジョウトミタロウ。名前に似合う大仏のような顔立ちでありながら、アメリカ生まれのアメリカ育ちだという。
声も図体もデカい、強引でマイペースな男。こういうタイプには普段近づかないタカタカだが、ジャズ研の同期は二人だけなのだから仕方がない。
理論派ピアニストのタカタカと、センスの塊のようなベーシストのトミー。正反対のキャラクターは、ぶつかり合い、刺激し合い、たった二人でも充分に複雑な音楽を楽しむことができる。しかし、トミーにはプランがあった。
「Yo、タカタカ。そろそろムーブメント、おこそうぜ」
「ムーブメントって・・・何?」
「やばいだろ、ジャズ研、オレら二人だけだと。ジャズってスーパークールなんだって、みんなに思ってもらわないとさぁ。オレ、ジャズも好きだけど、女の子も好きなんだ」
「言ってる意味が、よくわからない」
「要するに!オレはシンプルに、もっとモテたい。しかも、大好きなジャズをやって、モテたいわけ。オレらがモテたら、仲間も自然と増える。でしょ?」
「ボクはいいよ、このままで。ジャズは、わかる人だけわかればいい。ミーハー気分でジャズ研にこられても、迷惑だよ」
「OH!ユーシー?ほら、そういうスノビッシュなところがダメなんだよ。メイク・ジャズ・グレイト・アゲイン!な?」
「メイク・ジャズ・・・え?何て?」
「だーかーらー!この学校で、ジャズをメジャーにするんだよ。オレら二人で」
「ジャズは、メジャーにはならないよ。ボクらは、メジャーにはなれない。メジャーっていうのは、中庭の真ん中にいるような人たちで、彼らが好きなのは、単純な展開のわかりやすい音楽だ。セブンスも、ブルーススケールも、理解できないって」
「そんなことない!彼らがドミソしかわからないなら、オレらがセブンスを思いっきりぶつけてやればいいじゃないか!」とトミーは言うと、ずっと片手に抱いていた女体のようなウッドベースを引き寄せ、マイナーセブンス!マイナーセブンスー!と叫びながら、シのフラットを連打し始めた。
「・・・」
あきれ顔のタカタカに、「よし!作戦会議だ!」と一方的に告げると、トミーはポケットに丸めて突っ込んでいたノートを開き、昨晩考えたというプランを話し始める。
「まず第一に、ファッション改革だ」
「へ?ファッション?!」
「YES、ファッション。ジャズには関係なーい、なんて言うなよ。ジャズメンは、ファッションリーダーだったんだよ。ほら、リー・モーガンをみろ。バードのストライプスーツは最高にヒップだし、それからマイルスだって。当時のジャズマンは“音楽”だけじゃなくて“スタイル”をクリエイトしていた。それに比べてタカタカ、その服はいったいどういうつもりなんだ?シャツはヨレヨレ、ズボンはいつも一緒だし、それ洗ってるのか?」
「わ、わかった!言いたいことは、わかったよ」
「顔はいいのに、お前はダサすぎるんだ。ファッションはオレに任せてくれ。その代わり、タカタカには重大ミッションがある」
少しムッとしながら「で、ボクに何をしろと?」とタカタカが言う。
「キャンパスで一番イケテル女子を、ジャズ研に連れてくるんだ。そうだなぁ、リリカとかいう名前の、あの子がいいな。タカタカ、語学のクラス一緒だって言ってたろ?リリカをジャズ研に連れてこい!」
「無理だ」
「誘拐してもいいから!」
「犯罪だよ」
「なんでもいい!一度誘うだけでもいいから。な?」
こうして、キャンパスの片隅で『メイク・ジャズ・グレイト・アゲイン・プロジェクト』が始動したのだが・・・。
白羽の矢が立った、このリリカという女子大生。天使のような歌声を持つ、悪魔のようなビッチであることを、二人の純朴な男子学生はまだ知る由もなかった?!
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