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戯曲『嫌われやすい生き物』

登場人物
ユズル
ハナムグリ
セセリチョウ
アゲハ
ナメクジ
ミツバチ
ハナアブ

 小さな子供部屋でユズルが窓から庭をみている。
 廊下を挟んで反対側に兄の部屋がある。
 廊下の奥からは両親の言い争う声が聞こえる。
 部屋を出て兄の部屋のドアをノックしようとするが思いとどまる。
 廊下の奥からドアの開く音が聞こえ急いで自分の部屋のベッドに戻る。
 部屋に母親が入ってくる。

ユズル:どうしたの?
母親:ううん。まだ起きてたの?
ユズル:ちょっと眠れなくて。
母親:ごめんね。うるさかったよね。
ユズル:そうじゃなくて。月をみていたの。今日は満月なんだよ。
母親:本当だ。綺麗ね。
ユズル:どうしたの?
母親:ちょっとね。また、お父さんと喧嘩しちゃった。
ユズル:大丈夫?
母親:大丈夫よ。ユズルは大丈夫?
ユズル:大丈夫だよ。
母親:本当に?
ユズル:本当だよ。
母親:そう。なら良かった。お母さんはね。二人が幸せになってくれた
   らそれでいいの。
ユズル:うん。幸せになるよ。
母親:ユズルのことは心配してないよ。ユズルはしっかりしてるもん
   ね。
ユズル:うん。

 母親、ため息をつく。

ユズル:大丈夫だよ。きっと。
母親:そうね。ありがとう。早く寝なさいね。
ユズル:分かった。お母さんもね。
母親:そうね。おやすみ。
ユズル:おやすみ。

 母親が部屋を出ていく。

母親:ユラギ。入っていい?

 母親が兄の部屋に入っていく。
 小さく話す声が聞こえる。
 ユズル布団に潜る。目をギュッと閉じる。
 やがて、眠りに落ちていく。

 薄暗い森の中。様々な昆虫の鳴き声が聞こえる。
 大きな葉っぱの上でユズルが寝息を立てている。
 大きな切り株が一つある。ハナムグリが現れて切り株に座る。
 ハナムグリ一息つく。

ハナムグリ:おやおや。(ユズルに近づきながら)おやおやおやおや。
ユズル:なんですか?
ハナムグリ:人間の子供じゃないか。珍しいね。夢でもみているのか
      い?
ユズル:寝ているってことですか?
ハナムグリ:寝てなきゃ夢は見れないだろう。
ユズル:よく分かりません。
ハナムグリ:それじゃあれだ。明晰夢じゃないってわけだ。
ユズル:明晰夢?
ハナムグリ:夢だって自覚がないってことさ。
ユズル:これは夢なんですか?
ハナムグリ:夢でもなけりゃ人間がこんなところには来ないさね。
ユズル:こんなところ?
ハナムグリ:(上の方を指さして)ほら。おそらくあれがお前さんの家だろ
      う?
ユズル:本当だ。しかし妙に大きいですね。
ハナムグリ:君が小さいんだよ。
ユズル:そうなんですか?
ハナムグリ:君は本当に何にもわかっちゃいないんだね。
ユズル:何にもではありません。
ハナムグリ:ほお。というと?
ユズル:僕は兄さんを救う方法を探しています。

 ハナムグリ笑い始める。

ユズル:何がおかしいんですか?
ハナムグリ:するってぇと君。探してるってことは”わかっていない”ってことじゃないか。
ユズル:違います。探しているってことをわかっているんです。
ハナムグリ:わかんないことなんかわかってどうするんだい。
ユズル:ハナムグリのおじさん。僕の兄さんを救う方法を知りませんか?
ハナムグリ:救うったって何から救うんだい?
ユズル:分かりません。
ハナムグリ:お。出たな。”わからない”
ユズル:僕は兄さんとずっと一緒に冒険していました。それがある日兄
    さんは急に冒険を続けられなくなってしまったのです。
ハナムグリ:どうして?
ユズル:わからないんです。
ハナムグリ:言ってて恥ずかしくならないのかい?
ユズル:知りませんか?
ハナムグリ:知らないね。私が知るわけない。
ユズル:そうですか。
ハナムグリ:だが、私は何でも治してしまう薬を持っている。それなら
      もしかしたら君のお兄さんを治すことが出来るかもしれな
      い。
ユズル:それを僕に少しくれませんか?
ハナムグリ:君。これは夢なんだよ。
ユズル:はい。
ハナムグリ:夢でそんなに都合のいいことがあるわけないだろう。
ユズル:夢なのに?
ハナムグリ:当たり前だ。
ユズル:じゃあ、分けていただけないんですか?
ハナムグリ:そうとは言っていない。
ユズル:分けていただけるんですか?
ハナムグリ:そうとも言っていない。
ユズル:どういうことですか?
ハナムグリ:君の兄さんがどうして冒険を続けられなくなってしまったのか分かったら薬をあげよう。その答えはこの森の奥にある。
ユズル:答えを知っているんですか?
ハナムグリ:知らないよ。それは君がこれから知ることだろう?
ユズル:じゃあ、どうしてこの森の奥にあるとわかるんですか?
ハナムグリ:それは君がここにきたからさ
ユズル:はぁ。
ハナムグリ:夢は夜明けには覚める。早く行ってきたまえ。
ユズル:ありがとうございます。
ハナムグリ:(笑いながら)礼なんて言いやがった。面白いやつだね君は。

 ユズル。ハナムグリの元を去る。
 すると大きなアゲハ蝶の蛹とその横に体育座りをしているセセリチョウ
 が現れる。

アゲハ:誰か来たよ。
セセリチョウ:誰?
ユズル:あの、すみません。兄さんがどうして冒険を続けられなくなっ
    てしまったか知りませんか?
アゲハ:どういうこと?
ユズル:ずっと一緒に冒険をしていたのに急に冒険を続けられなくなっ
    てしまったんです。
セセリチョウ:病気?
ユズル:分かりません。身体に異常はなさそうでした。
アゲハ:よくわからないけど、あんたの兄さんはそこまでの奴だったっ
    てことでしょ。
ユズル:そこまでのやつ?
アゲハ:限界を感じたってことでしょ。自分自身に。
ユズル:どうしてですか?
アゲハ:知らないわよそんなこと。私はそれどころじゃないの、今日羽
    化するんだから。セセリチョウ。早くそいつどっかにやって。
セセリチョウ:わかった。

 セセリチョウ、ユズルを蛹から離す。

ユズル:セセリチョウさんは何をしているんですか?
セセリチョウ:アゲハちゃんの羽化を待ってるの。
ユズル:どうして?
アゲハ:一緒に飛ぶために決まってるじゃない。私と一緒に飛べば蛾
    だって蝶に見えるわ。
ユズル:セセリチョウさんはチョウじゃないんですか?
アゲハ:何言ってんの?どう見たって蛾でしょ。蛾。ああ。もう疲れ
    た。セセリチョウちゃん後はどうにかしておいて頂戴。
セセリチョウ:うん。

 間。アゲハの寝息が聞こえる。

ユズル:セセリチョウさんは蝶じゃないんですね。初めて知りました。
セセリチョウ:蝶だよ。
ユズル:え?でもさっき。
セセリチョウ:アゲハちゃんは人前だとわざと私のこと蛾だっていう
       の。
ユズル:どうして?
セセリチョウ:知らない。でも、二人きりだと優しいんだよ。口悪いけ
       ど。変な女の子喋りしないし。茶色い頃はあんな喋り方
       しなかったのにな。
ユズル:あんまり仲良くないんですか?
セセリチョウ:(笑いながら)そうだよね。普通はそう見えるよね。
ユズル:仲良いんですか?
セセリチョウ:ううん。そんなわけないじゃん。
ユズル:仲良くないのに一緒に飛びたいんですか?
セセリチョウ:は?そんなわけないでしょ。
ユズル:じゃあ、どうして羽化を待っているんですか?
セセリチョウ:羽が柔らかいうちにちぎってやるの。
ユズル:え。
セセリチョウ:君の兄さんはさ。冒険したくないんじゃないの?
ユズル:そうなのかもしれません。
セセリチョウ:じゃあいいじゃん。
ユズル:でも、僕はまた兄さんと冒険に出たいんです。それにお母さん
    もお父さんも兄さんが冒険しないから困ってます。それに兄さ
    んのためにも冒険に出るべきです。
セセリチョウ:なんで?
ユズル:なんでもです。だって、お父さんとお母さんがとっても困って
    るんです。そんなのダメです。
セセリチョウ:ふーん。じゃあ、お兄さんに直接聞けば?
ユズル:兄さんは動けないしか言わないんです。
セセリチョウ:動けないなら仕方ないじゃん。
ユズル:仕方ないじゃダメなんです。
セセリチョウ:私に怒らないでよ。
ユズル:すみません。
セセリチョウ:悪いけど他を当たって。
ユズル:はい。あの。
セセリチョウ:何?
ユズル:本当にアゲハさんの羽を千切るんですか?
セセリチョウ:まさか、冗談だよ。早く行きな。
ユズル:はい。

 ユズル、とぼとぼと歩き始める。
 しばらくして、何かにつまずく。

雄蜂:うぅぅ。
ユズル:あ、すみません。大丈夫ですか?
雄蜂:食べ物。
ユズル:食べ物ですか?
雄蜂:食べ物。
ユズル:分かりました。ちょっと待っていてください。
ハナアブ:おい。坊主。
ユズル:え?
ハナアブ:ちょっと。こっちこい。
ユズル:でも。
ハナアブ:いいからこい。
ユズル:はい。

 ユズル、ハナアブの元へ行く。
 ハナアブ、小声で話始める。

ハナアブ:坊主。ダメだよ。
ユズル:何がですか?
ハナアブ:今、情けをかけようとしたでしょ。
ユズル:え?
ハナアブ:食べ物あげようとしたでしょ?
ユズル:はい。
ハナアブ:ダメだよ。
ユズル:なんでですか?
ハナアブ:(ため息をついて)あいつは雄蜂だ。
ユズル:はい。
ハナアブ:いいか?あいつはな。交尾するために生まれてきたのに女王
     蜂と交尾も出来ず外に追い出された落ちこぼれだ。そんなあ
     いつに同情なんてしたらどうなると思う。
ユズル:どうなるんですか?
ハナアブ:惨めで仕方ないだろ?食べてる最中は幸せかもしれない。で
     も、食べ終わってからどうなる?あいつは交尾以外何にも出
     来ないんだぞ?それでまた生きることに絶望して餓死しよう
     とする。長く苦しむことになるんだ。いいのか?
ユズル:でも。
ハナアブ:でもじゃない。
ユズル:はい。
ハナアブ:わかればいいんだよ。
ユズル:あの。
ハナアブ:なんだ。
ユズル:ハナアブさんは何をしているんですか?
ハナアブ:俺はあいつが無事餓死できるか見守ってるんだよ。
ユズル:どうして助けないんですか?
ハナアブ:(ため息をついて)だからだなぁ。
ユズル:死んだ方がいいっていうんですか?
ハナアブ:死んだ方がいいってやつだっているんだよ。
ユズル:そんなことありません。
ハナアブ:あ、こら。待て。バカ。

 ユズル、近くにあった花の蜜を雄蜂に与えてしまう。
 しかし、雄蜂相変わらずぐったりしている。

ユズル:どうしたんですか。
雄蜂:動けない。
ユズル:そんなはずありません。雄蜂さんはもう動けるはずです。
雄蜂:死にたい。
ユズル:雄蜂さん。
ハナアブ:あーあ、もう。余計なことするなって。
ユズル:余計なこと?
ハナアブ:そうだ。相手のこと考えないでやったら善意だって余計にな
     るんだよ。
ユズル:余計ってなんですか。
ハナアブ:話にならん。あっち行ってろ。
ユズル:どうして話にならないんですか?
ハナアブ:あー、もうどうしてどうしてうるさいんだよ。少しは自分で
     考えろ。
ユズル:わからないんです。教えてください。
ハナアブ:なら一生わかんねぇよ。自分で気づけない奴はずっと分から
     ず屋のままだ。
ユズル:困ります。僕は兄さんがどうして冒険に出られないのか知らな
    きゃいけないんです。
ハナアブ:なんでだよ。
ユズル:兄さんを救いたいからです。
ハナアブ:何で救いたいんだよ。
ユズル:お父さんとお母さんが困ってるからです。
ハナアブ:お父さんとお母さんが困ってることと兄さんを救うことにな
     んの関係があるんだよ。
ユズル:もういいです。さようなら。
ハナアブ:こっちのセリフだバーーーーーーーーカ。

 ユズル走って去る。
 花畑に出る。疲れてしゃがむ。
 風が吹き抜ける。何かがゆっくりと近づいてくる。
 湿った何かが頬に触れる。
 ユズル、ナメクジを視認する。小さく悲鳴をあげる。

ユズル:気持ち悪い。

 間。ナメクジと目が合う。

ユズル:あ。

 自分が兄に言ったことを思い出す。

ユズル:兄さん。なんでずっと寝てるの。なんで、動かないの。気持ち
    悪い。今の兄さんナメクジみたいだよ。もっと早く動きなよ。
    前の兄さんに戻って。母さんも父さんも困ってるって言ってた
    よ。怠けてないで少しは頑張ってよ。兄さん。
ナメクジ:どうかしましたか?
ユズル:、、、あ。すみません。
ナメクジ:いえいえ。人間の子には僕は不気味ですよね。
ユズル:いえ。そんな、ことないです。
ナメクジ:嘘はつかないでください。別に気にしていませんし、僕は自
     分のことを気に入っているので。
ユズル:あの。ナメクジさん。
ナメクジ:なんですか?
ユズル:僕は。
ナメクジ:はい。
ユズル:僕は、ナメクジさんのこと好きになれません。気持ち悪いし正
    直、視界にも入らないで欲しい。本当は一緒に居たくないんで
    す。そう、思ってしまうんです。
ナメクジ:仕方のないことです。
ユズル:兄さんは。虫が好きです。この庭でもよく二人で遊んでいまし
    た。でも本当は僕は虫が嫌いでした。
ナメクジ:そうなんですか。
ユズル:でも、兄さんのことは好きだったんです。だから、一緒にいた
    んです。色々教えてくれる兄さんが好きだったんです。
ナメクジ:そうなんですね。
ユズル:昔はあんな人じゃなかったのに。
ナメクジ:そんなにお兄さんは変わってしまったのですか?
ユズル:ナメクジさん。僕は。きっと僕は兄さんのことを酷く傷つけて
    しまいました。僕のせいで兄さんは二度と冒険に出れないかも
    しれません。僕のせいで兄さんはお父さんとお母さんを困らせ
    続けるかもしれない。
ナメクジ:君は悪くないですよ。間違えるのは仕方のないことです。
     ちゃんとお互い向かい合えばいくらでもやり直せるはずです
     よ。君たち人間にはその力があるはずです。
ユズル:それでもダメだったら?
ナメクジ:そしたら諦めてしまいなさい。
ユズル:諦めていいの?
ナメクジ:そう悪い結果にはなりませんよ。
ユズル:ナメクジさん。兄さんはどうして冒険を辞めてしまったんです
    か?
ナメクジ:分かりません。ですが、僕たちナメクジはゆっくりしか動けま
     せんが生きていく上で何も問題ありません。逆に早く動こう
     とすると疲れて死んでしまいます。ユズルくんのお兄さんも同
     じなのではないでしょうか。
ユズル:僕に何が出来ますか?
ナメクジ:生き物が本当に救うことが出来るのは自分自身だけです。ま
     ずはあなた自身を救ってあげてみてはどうでしょう。
ユズル:僕自身を?
ナメクジ:もうすぐ夜明けです。散歩でもしながら考えてみてはいかが
     ですか。
ユズル:はい。そうしてみます。
ナメクジ:それでは。
ユズル:はい。さようなら。

 ナメクジ、ゆっくり去っていく。
 ユズル、歩き始める。
 すると、ハナアブが雄蜂に蜜を与えている。

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