見出し画像

59.0048 突如思い出したこと😁

 しばらく、自分の世界に引きこもっていた(笑)間に、突如思い出したことが出てきた。
 私の周りには、仕事(使命)に全力投球!!の人が本当に多い。
 そういう人たちとご縁があったことが、今思えば、ひとつひとつ、おひとりお一人が、私の大切な財産になっている。
 今回、突然私の頭に浮かんできた人もその一人。

 その人は、娘の習い事の先生。
 おそらく、以前のnoteにも書いたと思うが、娘が最初に習ったのが音楽。
名も知られるY音楽教室に通っていた。月謝は、その時に私にとっては、毎月支払うことも大変だったが、それ以上に得たものが多かった💝まさにプライスレス。

 娘の音楽教室の先生は、そのY音楽教室で有名な方だった。その先生から教わりたくて通わせているという親御さんもいると後々聞いた。その先生をK先生とお呼びする。
 私は、K先生の評判を全く知らず、偶然、その時間がいいから、、ということで申し込み、娘は毎週通うことになった。
 同じクラスに、パート勤務のシングルマザーは、私以外にいなかった。お月謝を払うのもやっと・・だった私だが、娘の耳の良さ、独特の感性・特長を伸ばしたいという思いだけで、月謝とテキスト、道具の支払いを何とかやっていった。
 その先生は、厳しかったようだ。
 子供さんたちでも、叱られて泣いている子もいると聞いた。

でも、私は娘が泣いたのを一度も見たことがないし、K先生がいやだ~ということを聞いたことがなかった。
私のそのK先生に対する最初の印象は、とても綺麗で、優雅で上品、おっとりとしてお嬢様なんだろうなぁ~というものだった。
 ある時、K先生は骨折をしてしまい、松葉づえで教室にいらっしゃったことがあった。
 娘のクラス(6,7人のグループで演奏する)は、発表会を控え、練習に熱が入っている時期だった。K先生の教えるクラスは、毎回、何らかの賞をもらうくらい、教えるレベルも高く、実績も能力も折り紙付きの方だったのだ。
 先生は、クラスをお休みするなんて考えられない様子だった。だが、どうしても、(おそらくケガの通院とかだと思うが)、何回かレッスンの日にお休みをすることになったらしい。
 そこで、代わりの先生がそのクラスに入って教えてくれることになった。
そのクラスも、滞りなく終わったようだ。(そう見えた)
 だが、そのあと、そのY教室の運営をされている方から聞いた話が、私にとって、とても感動的で、K先生に対する見方が一変してしまい、私はK先生の大ファンになった。
 ---K先生は、まず、レッスンの前に、生徒一人ひとりの特徴と、その子への教え方、などを代打の先生にしっかりと伝えていったらしい。
 そして、レッスンが終わり、その代わりの先生がK先生に報告すると、その報告が納得するまで質問を、そして、教え方についても同じくらい何度も修正と確認を繰り返し、代打の先生もヘトヘトになるくらいだったのよ、、、と。
 私は、驚いた。正直、子供の音楽教室なのだ。。
多少、、、本当に多少手を抜いたって、子供たちはわからないだろう。
だが、K先生は、自分がいないクラスですら、まったく手を抜かず、代打の先生がヘトヘトになるくらい、クラスの様子を確認してくださったというのだ。
私は、K先生の、音楽への愛、子供たちへの愛を身近に感じ、
これぞ、プロだな~と思った。
プロは、妥協という言葉が辞書にない。
しつこく、あきらめず、
常に理想を目標に、夢を持って生きる人だと思った。

💚💙今回もお読みいただき、本当にありがとうございます。
私の個人記録ではありますが、これを読むどなたかの想いと共感してもらえたら、すごくうれしいです。
夢とロマンをもって人生を謳歌しよう!じゃなきゃ、もったいないね💛🧡

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?